あとがきも本文の一部です。
「カンタン刑」から始まり本作まで、ふしぎ文学館の「鉄輪の舞」と間羊太郎名義の「ミステリ百科事典」も含めれば八作と、意外に多くの作品を紹介しているポルノ、ミステリ、SFとあらゆるフィールドでその變態エログロテイストで日本のキワモノ文学史の中でも燦然と輝く異能の人、式貴士。
今回もエログロナンセンスがテンコモリの作品集で、若い男の子萌えの文学女が拵えた彫刻が思わぬ悲劇を引き起こす「マイ・アドニス」、男のナニで水を吸飮する特殊能力を持った男の脱力ナンセンスが何ともな「ボーデン・ベビイ」、ウドの大木が特殊な指輪を使ってレイプしまくり、作者の一面、蘭光生的被虐エロスが炸裂する「スペース・エロス」、これまた脱糞自由自在という特殊能力を持った一族の物語がグロナンセンスな結末を迎える「スカトロ・エレジー」、自分は宇宙人だと嘯く電波少女の狂いまくったラブレターだけで話が進む「エイリアン・ラブコール」、美人な戀人の背中に施された特殊な刺青の話、「ホルモン・フィルム」、スワッピングの虜になった夫婦の鬼畜ナンセンスな幕引きが作者らしい「ソウル・スネイク」、素晴らしいナニを持った男が見つけた究極の女とは、「アンタッチャブル」、そして首だけの美貌の妻と暮らす男の決意を描いた表題作、「ヘッド・ワイフ」の全九編を収録。
個人的な好みは冒頭の「マイ・アドニス」で、物語は大学生の芸術家の卵である女性の一人語りで進みます。この女性が中学三年生のウブな男の子の家庭教師を請け負うのですが、ショタコンだったのかこの女は男の子の美しさに見とれてしまう。で、彼女はある日、この男をモデルにして彫刻をつくるというアイディアを思いつきます。
男の子は女の提案を受け容れるのですが、女の方は「モデルの体の曲線を、自分の掌に記憶させなければだめだっていわれているの」とダ・ビンチの言葉を惡用して、男の子の体に触りまくるという特權を濫用。
結局彫刻は完成し、やがて男の子は大学に合格するのですが、彼のことが忘れられない女は自宅の栗の花へ掌に残っている記憶を頼りに彼の体を刻んでいく。そして彼女はフランスへ移住するものの、そのあと、男の子は不思議な病に罹ってしまう。果たして彼女が日本に戻って男の子に会いに行くと、……。短い乍ら、グロテスクな幕引きが作者らしい佳作でしょう。
「スペース・エロス」も、少し前の作者だったら絶對にセンチメンタルな風格を前面に押し出して話を纏めたネタなんですけど、今回は完全に蘭光生節が炸裂。女にもてないウドの大木が、祖父の形見である奇妙な指輪を使って「男の夢」をかなえるというお話。
その指輪というのが、タイマー仕込みになっていて、自分が触れた人物とともに三十分だけは異空間にトリップしてしまうというもの。最初は怒られた上司をその異空間に誘い込み、ボコボコにして溜飲を下げたウドの大木でありましたが、そのあとはもう男のエロス満開で、会社の可愛い子ちゃんをその異空間に連れ込んで強姦するわ、銀座の高級クラブのホステスや駐禁で捕まった婦警さんを餌食にしてしまうという惡逆ぶり。
やがて初戀の女性から結婚招待状を受け取ったウドの大木は、式の最中に彼女を異空間に連れ込んで強姦してやろうか、なんて考えるのだが、……。
作者のもうひとつの個性、グロを堪能するのであれば、「スカトロ・エレジー」が収録作の中では斷トツでしょうか。脱糞を自由自在に操るという奇妙な一族の法螺話を、食事をしながら男の一人語りで進めるというスタイルが何ともなんですけど、「一本糞の女は逃すでないぞえ」という母親に聞かせられた家訓を守る男は、ある日、喫茶店で偶然に出会った女性と結婚、二人はハイキングに出掛けるのだが、崖から落ちてしまう。彼女を助ける為に男がしたあることとは、……という話。最後の最後にブチまけられる描写があまりに強烈。いかにも作者らしい軽いノリで描かれていながらその姿を想像すると完全にオエッですよ。
「ホルモン・フィルム」は、男が發明したある乳劑を使って恋人の背中にブルーフィルムを燒き付けるのだけども、男は不幸にも交通事故で死亡。黒人二人が緊縛された金髮少女を強姦するという白黒フィルムを背中に燒き付けられてしまった女の末路とは……、というかんじで今回はエロも異樣に蘭光生度が高い作品が多い譯ですが、本作のオチはいかにも小咄フウ。ツカミはエロ、といいつつ、話の結構は古典的ともいえるところがいい。
「ソウル・スネイク」はスワッピングの魅力に取り憑かれた夫婦が、友人からもらった奇妙な蛇の木乃伊を使ってコトに及ぶものの、その木乃伊には人の魂を吸い取るという思わぬ効果があって、……という話。これは女にしか効果がなく、男の妻はそれを使ってスワッピングに挑むのですが、魂を吸ったあとは、相手をした男の特殊技能をモノにするという思わぬ副作用に夢中になってしまいます。
シェフ、會計士と樣々な職業の男とコトを終えて、……と最後はトンデモない奇癖の男を相手にするに至って悲劇的な結末を迎えるという展開は期待通り。作者らしいグロまくりのオチで決めているところが素晴らしい。
「ヘッド・ワイフ」は交通事故で全身をズタズタにされた妻を、手術によって首だけで生存できるかたちにしてしまった男の物語。當然体がないとはいえそこは作者のエログロ世界では御約束のプレイを敢行、しかしそんな甘い生活も長くは續かず、不況によって彼は会社を乾されて首だけの妻に與える栄養剤も底をつく。やがて彼は自らの体を賣って自分も首だけの人間になることを志願して、……。
センチメンタルな幕引きを迎えるのかと思いきや、今回はいかにも予定調和的な終わり方をしてしまうところがちょっと物足りないものの、作者の作品にエロを求める御仁にはなかな滿足出來る佳作といえるのではないでしょうか。
で、本作の場合、全九編を讀み終えてもまだ終わっていない譯です。そのあとに續くのが「日本一長いあとがき」。「猫は勘定にいれません」のたけ14さんが、ここで乙一氏の「失踪HOLIDAY」のあとがきを取り上げておりまして、乙一氏のいう「こういうあとがきは嫌われる」というものの例として、
1.あとがきでストーリーの補完をしている本は最低
2.登場人物があとがきで座談会というのもダメ
3.あとがきではしゃいでいる作家は、性格が暗いのでは?
4.あとがきで、遅くなってすみません、と言っている人はダメ。修羅場自慢してるだけ。
5.作品内容に触れているあとがきはだめ
というのが挙げられているのですけど、本作の作者、式氏は當にここでいうほとんどに該当してしまうんですよねえ。本作の「日本一長いあとがき」。は何と原稿用紙にして130枚という「大作」で、當然乍ら丁寧に作者が収録作品を一作づつ取り上げてそこに詳細な解説を加えている譯です。ですから「ストーリーの補完」もしまくっているし、「作品内容に触れ」まくっている譯です。
流石に「登場人物があとがきで座談会」こそしていませんが、「あとがきではしゃいでいる」というのは當にその通りで、何しろ讀者からのおたよりを引用し、更には前作に収録されていた短篇のベスト・ワンとワースト・ワンまでも発表してしまうというはしゃぎっぷり。
まあ、作者のことですから、もし未だ健在で、若僧の乙一氏にこの「日本一長いあとがき」について言及され、「性格が暗いのでは?」とツッコミを入れられても、「ああ、暗いよ。それがどうした」と開き直ってみせるに違いありません。或いは逆に原稿を受けとりに来た編集者にアレしているところを見られてしまった時のように逆ギレをしてみせるかもしれませんよ。
あとがきで一人語りが過ぎると普通はイタい人になってしまうものですけど、作者の場合、不思議と爽やかに感じられるのは、あとがきも本文の一部で讀者を愉しませる為の芸風を心得ているからではないかな、と感じたりするのですが如何でしょう。
「連想トンネル」や「カンタン刑」のような名品揃いという譯ではありませんが、安定した作風とエログロ芸にマニアは大滿足の作品集。「日本一長いあとがき」とともに作者の芸風も堪能していただければと思いますよ。古本屋でも見かけることも少ない作者の本ではありますけど、キワモノマニアのみならず、かつてのSFが懷かしいという御仁にも手にとってみる價値はあるでしょう。