下町予定調和世界、殺人劇場。
「古本屋で中町信の本を集めよう」シリーズ第七回は、下町浅草を舞台とする火曜サスペンス劇場フウの「浅草殺人シリーズ」第一彈、「浅草殺人案内」をお届けしたいと思います。
これの第二彈が以前取り上げた「浅草殺人風景」でありまして、あちらは中町ミステリを買うともれなくついてくるプロローグの仕掛けもなく、ファンとしての滿足度は低かった譯ですが、本作はその點、殺された人物のダイイングメッセージを受け取る私の独白から始まり、その眞相がエピローグで明かされるというお馴染みの構成が光っています。
「浅草殺人風景」は下町浅草の観光案内も交えた火曜サスペンス風味が濃厚でしたが、本作は探偵役である鬼一の壽司屋「鮨芳」の常連客が事件に卷き込まされるという定番の展開ながら、そういった観光案内の描写は少なく、遺産相続に絡んで畳みかけるように人が死んでいくスピーディーな展開(っていうのか?)がウリ。
いかにもなプロローグのあと、物語はその事件の十日前に遡ります。とある常連客のぢいさまが死んでしまって、その人物が彼に莫大な遺産を殘していたというところから、この遺産相続をきっかけにバタバタと人が殺されていく譯ですよ。
このぢいさまが殘していたという遺言状がやっかいな代物で、三人の孫がそれぞれ仲良く遺産を分け合うというその基本骨子は良いものの、その三人が死んでしまった場合には妾の子供がそれを相続するとなっていたところが物議を醸します。
偶然鮨芳にやってきた三人の内のひとりと妾の子供たちが鬼一を前に、「三人がまとめて死ぬなんてことはありえないからなあ」「いやいや、もし東京に大地震でも起こって三人纏めて死んでしまったらどうよ」なんて話をしていたら、その言葉通り、その直後に大地震が発生。相続人たる三人のうちの一人が死んでしまった!……ってあまりにベタすぎませんか、中町センセ。
もっとも避難所にいたところへ餘震が襲い、建物の下敷きになって死亡したかと思われた男が実はその前に毒殺されていた、ということが後に判明するのですが、この毒殺に使われたジョニ黒を交えて鮨芳のミス・マープルの思いつき推理が炸裂、毒殺事件の眞相に辿りつけるかと思いきや、この後もこの眞相を知ったかに思われた人物がプロローグにあったように刺殺體で發見され、さらにまたもう一人が自宅のマンションの屋上から突き落とされ、……というかんじで事件は終息する気配さえ見せずにバッタバッタと人が死んでいくという展開は中町ミステリの大法則。
もっとも今回の場合、遺産相続というあからさまな動機がありますから、一番怪しい人物が次にはババをひくという展開はありません。しかし事件の始まる少し前から閑古鳥も鳴かない鮨芳に、寺から法要の參列者の昼食を用意するために大口の注文が入ったりと、おぞましい事件の兆候がそれとなくほのめかされているあたりは期待通り、……って書いても何で鮨屋の注文と殺人事件が關係あるのよ、なんて考えてしまう方は未だ「浅草殺人風景」は未讀かと思われますので、この詳細についてはとりあえずこちらを參照していただければと思いますよ。
さて、中町ミステリといえば、アレ系のほか、ダイイングメッセージも見所な譯ですが、本作でも死ぬ間際に殘したという「さき……」という言葉が何を意味するのかというところで物語の中盤を引っ張っていきます。しかしアヤしい人物には咲江だの崎岡だのという名前の者もいるということで、いったいその言葉の意味するところは、というところで謎解きがなされるもののヒネリまくった仕掛けはなくてこの當たりは予想外にあっさり風味。
ダイイングメッセージの他には、最後に殺される人物が押し入れの中で見つかるのですが、犯人は何故死體を押し入れに隱したのか、という謎が面白い。こちらはダイイングメッセージと違って、謎解きに到る伏線についてもなかなかのもので、結構愉しめましたよ。
クリスティも何も知らない鬼一の母親、タツが、その思いつきを滔々と述べて、事件の真相を指摘するあたりに感心した警部が、彼女をミス・マープルと襃めそやしても、「なんだい、そりゃ。パイナップルの新種かい?」などと婆さんがボケてみたりと、中町氏のおじさんテイストは健在乍ら、どうにも鬼一のキャラが醉いどれ探偵などと比較すると、ちよっと薄いなあ、と感じてしまうのでありました。この點ではシリーズ二作目となる「浅草殺人風景」の方がキャラ立ちも冴えていて、火曜サスペンスの御約束を逆手にとった仕掛けもあっておすすめかもしりません。
人が四人も死ぬという豪奢なところは中町ミステリらしく、それなりにイケているものの、全体として見ればアレ系の伏線もそれほど趣向を凝らしたものではないこともあって讀後感はちょっと、といったところでしょうかねえ。