思いこみ激しすぎの両御大による絶妙セレクト。
鮎川、島田両御大が編緝に名を連ねた名アンソロジーとはいえ、どちらかというと編纂の名手鮎川御大の風格が強く感じられる本作、収録されている作品群は名作傑作として知られる赤川次郎の「幽霊列車」、泡坂妻夫の「砂蛾家の消失」といった定番ものから、マニア色の濃い岡沢孝雄の「四桂」や千葉淳平の「 或る老後」なども含めて、なかなか読み應えのある一册に仕上がっています。
この中でも「砂蛾家の焼失」と連城三紀彦氏の「変調二人羽織」は是非とも單獨で取り上げてみたいと考えているので、それ以外の11作の中から自分の好みを選ぶとすれば、まず挙げたいのはビクビクと氣弱な老人が犯人を相手に悪魔的な逆転を見せる「或る老後」、詰め将棋に込められた将譜から犯罪を解き明かしていく展開が秀逸な岡沢孝雄の「四桂」、探偵役と真相が二転三転を見せる梶龍雄の「白鳥の秘密」あたりでしょうかねえ。
千葉淳平の「或る老後」の主人公は氣弱な老人で、話の視點はこの老人を中心に進むものの、時折挿入される女と男の会話から、この二人が金目当てに件の老人を殺そうとしていることが明かされていきます。
この二人のワルにどんどん追い込まれていく弱弱な老人が痛々しく、このままマンマと惡人にやられてしまうのかと思わせておいて最後の最後に意外な展開を見せるところが素晴らしい。更にこのどんでん返しのあとに、再びある事態が発生して、二度物語は暗転するかと思いきや、首の皮一枚で繋がって幕引きを迎えるというラストが秀逸。
岡沢孝雄の「四桂」は、とある将棋の師匠に弟子入りした私の語りで進むのですが、どうにもある日を境に師匠は銷沈してしまって元気がない。何やら思い詰めているようすをおかしいと思って聞いてみると、師匠からはとある事件をきっかけに大人氣ない復讐心を起こしてしまったばかりに自分の先生を死なせてしまったという秘密を聞かされる。
しかしどうにもこの師匠の話は作り話めいていて納得が出来ない、ということで将譜の「四柱」をネタにして、師匠の話の裏に隱されている真相を暴こうとするのだが、……という話。最後に明かされるトリックは何とも子供だましなんですけど、筋運びが流麗でこれまた非常に讀ませる佳作です。
「幻影城」に掲載された山村直樹の「 わが師、彼の京」はダイイングメッセージもので、私が十五年ぶりに京都にいる恩師を訪ねていくと、彼の死体を発見してしまう。死体は何やら奇妙なダイイングメッセージを残していて、……という話。
中盤まではこのメッセージの意味を解き明かしていくかたちで話が進むものですから、また例によって何とも煮え切らない真相かなあ、なんてあまり期待していなかったものの、私の推理によって明かされる犯人の意図は非常に明快。當にダイイングメッセージネタが持っている微妙な要素を巧みに利用して真相を明かしていく手際の良さが光る作品です。
梶龍雄の「白鳥の秘密」は雜誌社長が茶室の中で殺されていて、まずはその死体を発見した女性が疑われる。物語はこの事件の捜査が進んでいくようすを取り上げた新聞雑誌の記事と併行して、とある病院に入院している患者と看護婦がそれを元に推理をしていくという形式です。
物語が進むにつれ、この患者が探偵役をつとめてある推理を披露するのですが、実はここには裏があって、さらにこの奧に企圖された真相を看護婦が暴き立てる、という趣向が冴えています。二転三転していく展開と、安楽椅子探偵の形式を踏襲したところに込められたある種メタ的な仕掛けが完全に自分好みの一作。
天藤真の「隠すよりなお顕れる」は、ホステスに妊娠させてしまった男が電話で女に呼び出されて部屋に行ってみると、その女が殺されていて、……という話。女が自分に對する恨み辛みを書き連ねた遺書を残していたことに、男は完全にテンバってしまう。自分が疑われないようにと遺書を隱して、さらに自分が持っていた鍵にもヤスい擬装を施し、あたかも完全な「犯行」を行った筈なのだが、……といかにも倒叙ミステリ風な展開の前半から一転して、男は警察の事情聴取を受けるやどんどんマズい方へと転がっていく。
男の婚約者がバクさんこと猪島先生のところへ相談に訪れ、先生はとあるものに着目、そこから男が犯人ではないことを解き明かしていくのだが、……。このあるものを鍵にして同時に犯人も炙り出していく展開が素晴らしいのですけど、婚約者も先生も完全に男をバカ扱いしているところが妙におかしい。作者らしいユーモアの風格が心地よい一編です。
都筑道夫の「壜づめの密室」は退職刑事ものの一編で、男が殺されるものの、その前に犯人は男の部屋にあったボトルシップに奇妙な仕掛けを施して犯行予告をしていたというのだが、……という話。ボトルシップの仕掛けを手懸かりにして犯人像を明らかにしていくロジックはまさに作者の十八番で、そのあとの展開も予想通り。ほかの収録作に比較すると、際だった個性がないのがアレなんですけど、當に本格ミステリの定番ともいえる展開で手堅く纏めた一作。
赤川次郎の「幽霊列車」は作者の處女作とは思えない驚異的な完成度に、改めて讀みかえしてみて吃驚ですよ。電車の中から八人の人間が消失した、という怪異を調べていくうちに殺人事件が発生、やがて人間消失の背後にある動機が明らかにされていくというミステリの王道的展開と、刑事をワトソンに、そして女子大生を探偵に据えたキャラの造詣も見事の一言。處女作でこの完成度とはやはり普通じゃないなあ、と思った次第です。
そのほかは、衆人環視の中での銃殺事件を扱った島久平「街の殺人事件」、旅先で死んだ弟の死の真相を探っていく角兔栄児「清風荘事件」、足跡のない殺人系、陳舜臣の「ひきずった縄」と、いずれも水準以上の出来榮えで、島田御大の好みというよりは、鮎川御大がセレクトしたと思われる手堅い作品が多いような氣がします。
で、収録作の素晴らしさは勿論なんですけど、本作の讀みどころは卷末の両御大の対談でして、何しろ異常に思いこみが激しい二人の會話ですから、本格を排除していった出版業界への恨み辛みをネチネチと語るわ、久夫、高木といった大御所の奇人ぶりを暴露するわともうとにかく言いたい放題。
ちょっと笑えたのは、大阪圭吉の「幽霊妻」が新本格の作家には大ウケで、犯人がアレだったということが「彼ら(新本格の作家)にとっては常にジョークのネタらしく、ぼくは感動的な話だと思って読んだのに、彼らはげらげら笑って読んでいる(笑)」と述べている島田御大。あの話に感動できてしまうという御大のピュア過ぎるハートにちょっと感動してしまったんですけど、対談の最後に「あばかれていない戦中祕話の問題もたくさんあって」と結局は「そっち系」の話にもっていってしまう強引ぶりは相變わらず。
この「ミステリーの愉しみ」シリーズは第一巻から第四巻まで結構好きな作品が揃っていて好きなんですけど、新本格作家も交えた第五巻は島田御大のカラーが強好きで好みが分かれるところでしょうか。これ、どっかが文庫化してくれるといいんですけどねえ。米田三星とかも入っていてマニア受けもすると思うし、本巻のように手堅く纏めた名作傑作も収録されている故、資料的な価値も高いと思うのですが、如何。