秘宝館にて白昼夢を。
前回取り上げた「仮装行列」がマニアとしてはアレだったんで、今回はマトモなものを。勿論ここでいう「マトモ」というのは、あくまでマニアからの視點でという意味でありますから誤解なきようにお願いしますよ。
戸川センセの作品の醍醐味といえばやはりまず第一に挙げなければいけないのは、千街氏の言葉を借りていえばその唯一無二の秘宝館テイストでありまして、本作でも悪趣味的大傑作「透明女」を髣髴とさせるキワモノアイテムがテンコモリ。怪しい侯爵、同性愛、レズタチ、両性具有、バター犬、蝋人形、アフリカ土産、毒蛇拷問、中年執事フウ從僕、キ印青年ドッペルゲンガー、……そして勿論戸川センセの作品では忘れてならない着ぐるみもシッカリ用意されています。
物語のあらすじもこれまた「透明女」や「私がふたりいる」などと同樣、書こうとするはしから頭を抱えてしまう展開に眩暈がしてしまうんですけど、絶版とはいえ、いや、絶版だからこそ、アマゾンとかに書かれているぬるいあらすじ紹介だけでは駄目だと思う譯ですよ。この作品の素晴らしさをもっとモット多くの方に知って貰う為にも、ここは冒頭から話の展開を把握出來るようにシッカリと書き綴ってみたいと思います。
物語の主人公は平凡なOL依理子で、彼女は同じ会社の古株谷牧子から執拗ないやがらせを受けている。そんな彼女はある日、トイレの個室の壁にマジックで谷牧子が女子レスラーの格好をした漫画を悪戯書きしてしまう。そして会社を退けたあとも妙に氣持が高ぶっているので、そのまま家には帰らずに新宿駅でふらふらと降りてしまいます。
で、名画座に入ってフランス映画を見ていると、隣に座っていた男がスカートの中に手を忍び込ませてくる。彼女はハンドバックに入れていたライターで莨に火をつけると、そいつを男の腕にぐいと押しあてます。そして男の悲鳴を背中に聞きながら映画館を飛び出した依理子は夜の繁華街をさまよい、ブローニュの森という名前の喫茶店に入って、スパゲティと紅茶を注文する。
しかし注文を終えてからバックを開いてみると、イタリア製の財布がなくなっている。どうしようどうしようと考えているところへ中年男がやってきて、金のことは心配いらない、今からゴーゴー・クラブに行こうと誘われます。中年男は自分のことを侍従と呼んでほしいといい、男は男で彼女のことをお孃さま、なんて呼ぶから依理子も何だかそんな氣分になってくる。
侍従やゴーゴーガールとの不思議な一夜を過ごした依理子は翌日、会社のトイレの個室に書いた落書きが綺麗サッパリなくなっていることを訝りながらも、今度は自分の口紅で同じ落書きをするのだけども、しかしこれがアダとなって、彼女は人事部長のところに呼び出されてしまう。部長がいうには、あの落書きを書いた口紅をしているのは君だけだ、犯人は君だろう、白状したまえ、と。しかし依理子はしたたかですから何としても犯行否認を貫きます。
で、この人事部長は依理子の嘘にコロリと騙されてしまうのですが、今晩一緒にデートをしようと誘われます。勿論これはスケベ部長の策略で、彼の頭の中では既に依理子は落書きの犯人と認定されている譯で、彼女もそれには逆らえずとりあえずゴーゴー・クラブに行きたいという部長のリクエストに、昨晩侍従に連れていかれたクラブに行ってみるのですが、どうも中の雰圍氣が昨晩と違う。
するとスケベ部長はゴーゴー・クラブで遊ぼうというアイディアをあっさり抛擲して、なじみの料亭に依理子を連れて行きます。お銚子を三杯四杯とあけているうちに彼女もすっかり醉ってきて、スケベ部長に「部長さん、恋人はいるんですか」なんて話を向けたから、依理子のおみ足をジロジロと見つめていた男は待ってましたとばかりに「いるわけがないじゃないか。でも君には関心を持っている」とアプローチ。
結局依理子はこの場で部長に強姦されてしまい、店を出たあと、ふいに侍従のことが頭に浮かんだ彼女は再び新宿の喫茶店、ブローニュの森を訪れます。
ここで依理子は美少年めいたタチ女にナンパされるのですが、自分のことを「ぼく」といい「職業 舞踏家」と書かれた名刺を差し出したこのタチ女に、依理子は「あたしだってあなたのことを、男だなんて思っていないわよ。どうみても女の子にみえるもの」なんていったから大變ですよ。この言葉がタチ女の逆鱗にふれ、依理子は決闘を申し込まれます。
ぼくと決闘しなかったら強姦する、なんて脅されててはもう逃げることも出來ません。依理子はタチ女に從うままホテルに連れていかれ、その部屋でお互いに背中を向けて三歩歩いて振り返ってピストルを発射、という古式ゆかしい方式での決闘を敢行します。依理子は腕から出血をしたものの命に別条はなかったのを幸い、決闘を終えたタチ女は妙にウキウキしながら「今度はきみを愛する番だよ」なんていって、そこから依理子をネコにしたレズプレイへと突入。
タチ女の巧みなプレイに「止めてほしい」「続けて!」とあべこべの言葉を繰り返す依理子でしたが、突然部屋の扉が開いて背広姿の男二人がドヤドヤと入ってきてプレイは中断、タチ女の逃げろ、という言葉に部屋を飛び出した依理子でしたが、男二人が何者か分からないまま、結局その翌日も平凡なOLとしての一日が始まると、またまた昨晩のスケベ部長がやってきて、「また食事しよう」とかいってくる。そんなスケベ部長のアプローチをスルーして仕事をしていると、退社間際に同僚の女性の金がなくなったという事件が発生。そこへ宿敵のオールドミス、谷牧子が部屋にいる全員の身体検査をしようと提案します。
依理子は谷牧子と一緒に同僚の一人をトイレの個室に連れて行って裸に剥いてしまう。退社後、依理子は自分が身体検査を行った女性を喫茶店に誘うのですが、そこで依理子は彼女からレズプレイを仕掛けられる。そのあと依理子は再び例の喫茶店を訪れ、またまた侍従に誘われるままソープランドで性教育を受けることになります。
その後も満員電車で痴漢にあったり、レズ女から微妙に電波の入った手紙を受け取ったりするのですが、そんな中でも光っているのがソープランドで知り合った清美という女と一緒に、ゴーゴークラブで逆ナンした男たちを拷問するエピソード。
清美は逆ナンした男三人を部屋に連れ込むと、手錠を取り出して男の自由を奪うや、得意の性戯で男を絶頂に導いたあともゴニャゴニャと體を触りまくるという拷問を敢行、依理子の言葉を借りれば、「そうやって次々とつくしん坊に白い花を咲かせて」いくのですが、このあたりの彼女の独白を引用すると、
あたしがもっとも興味をひかれたことは、あんなに勢いよく育っていたつくしん坊が、樹液を噴き出し、白い花を咲かせると、急速に委縮してしまうことだった。まるで今までのことが嘘だったかのように、それは小さく縮んで、もとのように可愛いらしくなってしまうのだった。
で、そんなふうに男性の體の不思議に見とれていると、清美は、最後の男の相手はあんたに手伝ってもらいたいという。話によると、以前清美はこの男に輪姦されたことがあり、今回の拷問はその復讐なのだと。
そんな復讐の手伝いをさせられた依理子は、その後も侍従にいわれるまま展覽会で絵画を盜んでしまったり、展覽会で彼女が繪を盜むのを見ていた青年に脅されたり、この男と盜癖女の三人でプレイをしたりするのですが、怪しげなジプシーの占いで、おまえは父親とエッチする、なんて予言をされてしまったから落ち着かない。侍従と、自分の父親の侯爵に合わせろ、いや合わせないということで大喧嘩をしてしまった依理子は、例のタチ女に再会し、彼女の失踪しちゃえという言葉にけしかけられるようにして、会社を辞めてレズビアンバーで働くことに。
男装の格好をさせられ、レモンという源氏名で仕事を始めた依理子は、その店で侯爵夫人と知り合うことになり、彼女の寵愛を受けることに成功、これをきっかけに侯爵に会えるカモ、という祕かな期待を抱いて侯爵の自宅を直撃するものの、夫人は家の中には入れてくれません。
喫茶店を訪れても喧嘩別れした侍従に会うことも出來ないと八方塞がりになってしまった依理子は、侯爵邸に潜入する計画をうちたてます。植木職人に取り入ってどうにか邸宅への潜入に成功した依理子だったが館の人間に見つかってしまい、彼女は地下室に幽閉されてしまう。侍従に自分の身分を訴えてもニヤニヤしているばかりだし、夫人も依理子のことなど知らないという。
やがて料理人のデブ女をてなづかせて、夫人は秘密の別館にいることを聞きつけた依理子は、男のナニをかたどったフランスパンを持ってその館を訪れます。奇態な蝋人形や回転木馬が竝べられた館のなかから、ダフダブのズボンとシャツというキ印まるだしの青年が奇聲をあげながら飛び出してきたのに吃驚した依理子は、男の顏を見て二度吃驚、なんとその頭の足りないキ印男の顏は自分と瓜二つだった……。
この後も依理子は、キ印男と埋葬ごっこをしたり、男のナニをかたどったフランスパンで夫人をいじめたり、バター犬マニアのデブ料理人とアレしたり、男に変装して少年マニアの伯爵と邂逅するものの見破られたりといろいろあるのですが、この伯爵がアフリカ旅行に出かけたことで館の樣相は一変、これをチャンスとばかりに依理子はキ印男を外に連れ出し、顏がクリソツなのをいいことにこのキ印男と自分の入れかわりを計畫します。
キ印男と一緒にマンマと館を拔けだした依理子でしたが、途中でキ印男は失踪してしまい、途方に暮れた依理子が館に戻ってみると、キ印男は車にはねられて死んでしまったという。さらに男は依理子として葬儀も済ませてしまったというから大變ですよ。そろそろ侯爵もアフリカから帰ってくる、しかしキ印男がいなくなったと分かったら一大事、という譯で侍従は依理子をキ印男に見立てての完璧な演技をもくろむのだが、何と侯爵のアフリカ旅行の目的のひとつが、キ印男の嫁探しだったというから尋常じゃない。
そしてアフリカ土産と一緒に帰ってきた侯爵の前で、キ印男になりきった依理子は演技を始めるのだが、……ってこのあとの展開もハチャメチャ。アフリカ土産の蛇をつかっての拷問や、ペド趣味、そして戸川センセの作品ではお馴染みの猿の着ぐるみまでしっかり登場しての一大スペクタクルが炸裂します。
「私がふたりいる」と同樣の不條理というか反予定調和というか、とにかく理解に苦しむ筋運びに普通の本讀みだったら頭を抱えてしまうキワモノテイストがマニアには堪らないものの、物語が終わってみれば、これは平凡なOL依理子のビルドゥングロマンスだったということが明らかになり、……ってちょっと大袈裟ですかねえ。清々しいラストは非常に気持ち良く、「透明女」よりは日常よりの舞台装置など、戸川センセのキワモノスリラーの入門書としても広くおすすめできるのではないでしょうか。戸川センセのファンだったらマストでしょう。