前回の續き。偏狭な本格原理主義者はおいといて、台湾ミステリ作家や研究者が推理小説をどのようにとらえているかについて、藍霄氏の「推理(偵探)小説的基本元素與架構」で挙げられている内容を見ていきたいと思いますよ。
もっともここで挙げられている内容というのは、探偵小説推理小説の定義というような堅苦しいものではなく、作者や研究者の探偵小説推理小説に對するスタンスというふうにとらえていただければと。
程盤銘氏曰く、
偵探小説者、乃是以遵從道義、崇揚法治主題、偵探爲主角、犯人為配角、謀殺犯罪爲故事、運用推理方法緝捕兇犯、科學技術確定證據、人犯受罰、故事結束、並求bu局懸疑、結構緊密、背景眞實、文辭簡潔的小説也。
(探偵小説作家というのはその小説の道義を尊び法治主義を是とする。探偵小説とは、探偵を主役とし、そのまわりに犯人を配し、殺人事件の物語においては推理をもって犯人を指摘するとともに、科学技術によってそれを証明する。犯人は罰せられ、物語は終わるが、そこには何かしらの仕掛けがあって、物語の構成は緊密に、そして背景は事實をもとにして、文章は簡潔であるものをいう。)
また曹正文氏曰く、
細緻地描述犯罪現象和深入地探索犯罪動機、描寫警察與罪犯的鬥智鬥勇、交代謀殺現場的氣圍和依據發生的事實細節進行演繹邏輯推理。
(犯罪現象については緻密な描写を行い、犯罪の動機に深く分け入りそれを探っていく。そして警察と犯人との狡知を極めた鬪いを描写するとともに、犯行現場の状況に説明をくわえ、事件の發生した事實から推理をおしひろめて物語を進めていく。)
有栖川有栖氏の「有栖川有栖の本格ミステリ・ライブラリー」に収録された「生死線上」の作者、余心樂氏は、
過去大多數偵探小説其模式不出『誰是兇手』的範圍。當今偵探小説的作者固然仍以描寫謀殺案爲中心、但旨趣已經不一定純在推理解謎、而是藉此來表達社會現況或或當今人類的心理情境。
(過去多くの探偵小説は「犯人は誰か」というところから拔け出ることが出來ずにい、今なお探偵小説の作者は頑なに殺人事件ばかりを書いている。しかしその主題は今や推理をもって謎を解くというものばかりではなく、探偵小説を通して社會現象や人間心理を描くものとなっている。)
更にこのあと、島崎御大の「推理小説的原理」の文章が引用されているのですけど、これはポーの五作の短篇を通して推理小説の原點についての考察を行った「推理小説的原點 愛倫・玻的五篇推理小説」に書かれている内容でありまして、まず推理小説の四つの要件として、
一、發端要神祕
二、經緯要緊張
三、解決要合理
四、結果要意外
神祕的な發端、サスペンス、合理的な解決、そして意外性とこの四つが推理小説の持っている要件であると述べています。さらにここへ「七項素材」として挙げられているものがちょっと興味深い。
一、時間
二、地點
三、被害者
四、偵探登場
五、加害者
六、犯罪動機
七、犯案方法
これらの例を挙げつつ、藍霄氏は推理小説というのは「模式化」を指向した小説形態であるといい、それは他の小説形態と比較して建造物のようなものに喩えられるのではないかといっています。
推理小説是類型小説。某種層面上有著「模式化」的内涵、但是相對於建築的美感。推理小説的架構基本上就像建築物的骨架、骨架基本上就是堆砌在前述的四要件與七素材。
そしてその骨格に相當するものというのが乃ち、島崎御大が述べている四要件や七素材ではないかという譯です。で、建造物であれば当然それぞれの趣味嗜好がある譯ですから、外觀は異なってくる。
推理小説であれば、人によってはトリックを至上のものとする見方もあるだろうし、意外性を狙ったものもあるだろう、さらにはそのロジックを尊重するものもあっていいし、動機などの解明に的を絞ったものもあり、さらにはフェアプレイこそが第一であると樣々な考えがあるだろう、と。で、結局讀者はそれらのいずれの面を重視するかというのも一定しない譯だし、……ということで、最後に藍霄氏がひとまず自分の考え方として挙げたのは至極シンプル。
推理小説就是『解決要合理』的好看小説。
要するに合理的に謎が解かれる面白い小説であると。これは島崎御大が四項要件として挙げた三番目「三、解決要合理」を重視したものということでしょう。
これらはあくまで推理小説に對する立ち位置を示したものな譯ですが、台湾ミステリ界において「本格」推理小説というものが作家や讀者の間にどのように意識されているのかという點については自分もちょっと分かりません。本格イコール、古典ミステリの模倣、というふうに定義出來れば話は簡単なんですけどねえ。少なくともここ三年ほどのあいだにリリースされた台湾ミステリの作品に復古主義的な作品は見られません。
まあ、2004年からの台湾ミステリの流れについてちょっとした考えを持っているので、また機会があったら書いてみたいと思います。いいタイミングで今月號「野葡萄」には杜鵑窩人氏が「2005年台灣推理小説出版概況」と題した文章を書いているので、これをネタにそのあたりのことを纏めてみるのも面白いかなあ、と考えていますよ。