キワモノモダン。
本作は「黒猫」「トップ」「ぷろふいる」から、選りすぐりの傑作短篇を取りそろえた作品集。舊い作品といいながらも、山前氏が冒頭の解説で述べているとおり、特に「黒猫」に収録されている作品にはどこかモダンな雰圍氣も漂い、物語の背景は確かに昔であるものの、今讀んでも古くさいという印象はありません。
ネクラのコスプレマニアが妻の銃彈に斃れる城昌幸の「憂愁の人」、隣人のキ印爺に連れ込まれて黄金を探すことになる男の恐怖、薄風之助「 黒いカーテン」、舞台上の手品師を茶化した醉っぱらいが不可解な死を遂げる双葉十三郎「密室の魔術師」、蝶に魅入られたキ印男の独白、氷川瓏「白い蝶」、異常なほどのケチンボが間男と妻に殺される大下宇陀児「吝嗇の真理」、たかが詰将棋に入れ込んだ男たちの恐ろしい反目が犯罪を引き起こす横溝正史「詰将棋」、滿州の僻地で艶っぽい女醫を取り合う男たちを描いた島田一男「芍薬の墓」、蛇を使って殺人を行った犯人を完全にバカ扱する島久平「村の殺人事件」などがキワモノマニアとしてはツボでしたねえ。
そのほか、以前取り上げた香山滋の「天牛」、天城一「鬼面の研究」などもなかなかの佳作でしょう。特に「天牛」は主人公の骸骨博士がかなり強烈。そんな中でやはりいの一番に紹介したいのは城昌幸の「憂愁の人」ですよ。
冒頭から女性の語りで、暗い寢室に忍び込んできた何者かを彼女が銃殺した、という告白から始まるのですけど、この女性が殺してしまったというのがネクラの旦那。彼女は元女優で、このネクラの旦那は女優の彼女を見初めて熱烈なアプローチの末、ついに彼女を射止めたということなのですけど、何しろ彼は彼女曰く「とにかく変わった人」で、まず無口、そして怒っているのか笑っているのか、うれしいのか哀しいのか、顏面筋肉が退化しているのか、とにかくナマケモノみたいに無表情でいったい何を考えているのか判然としない。
学生時代は秀才、ネクラで無口といいつつ実はかなりのハンサムボーイで、元女優の彼女もそこに見とれてしまったという次第。温泉の跡地に洋風のお屋敷を建てて、そこに高級家具をしつらえて暮らしている譯ですが、仕事もしないで何をしているかというと、要するにコスチュームプレイ。この為にわざわざつくったのかどうかは分からないんですけど、屋敷にはアラビア風の部屋があって、妻には、
おまえは女優だったのだから、こういうことは上手だろう。などと申し、これも、外国から持って帰りました衣裝を着せるのでございました。ある時は、アラブ女に扮し、ある時はトルコの女に、又は……あのサルタンの閨房のように、わたくしを殆ど半裸にして、傍に侍らせるのでした。
良人は、低い、華麗な模樣の、あちら出来のトルコの長椅子に寢そべって、ポカンと、モザイクの天井などを見つめています。まるで一種のお芝居です。ハイ、本番、という声が今にもかかりそうな場面です。
そのほかフランスの貴婦人を眞似る時の為にと、扇やコルセットなどのアイテムもしっかり完備してあるという念の入れよう。しかしサルタンごっこに夢中だったネクラ男もいつしかそんな遊びも飽きてしまう。しかし妻の方はこの遊びにゾッコンで、
時々は、わたくしの方から、
どう?今夜、芸者ごっこしない?とか叉、ポンパヅウル伯爵夫人になりたいわ、
などと申すことさえあります。
気が向くと、
よし、と、良人は許してくれました。
けれどもネクラ男は憂鬱な顔で落ち込むばかりで、彼女がいくら道化てみせても無表情、そして夜にヌボーッと無言で部屋の中に入ってきた夫を妻は銃殺してしまうのだが、果たしてこれは殺人なのか、それとも、……という話。終盤は檢事が登場して色々と推理を巡らせていくのですが、結局ネクラ男は鬱病だったんだろう、みたいなオチで幕引きとなるところが何ともですよ。
薄風之助の「黒いカーテン」は畫家が主人公のお話で、男がアパートの一室で黒いカーテンに向かって一心不乱に精神集中をしている場面から始まります。一点に精神を集中しているとインスピレーションが湧いてくるというんですけど、こんな小細工を弄さないとアイディアが浮かんでこないということ自體、男が才能も何もない凡庸な証拠でしょう。
で、暫くカーテンを見つめていると、その向こうから隣人のキ印爺がヌッと姿を現して、部屋に来いという。部屋ン中には孫娘もいるから、みたいな甘言に惑わされた男はフラフラと爺の部屋に入ってしまいます。しかしこれこそがキ印爺の奸計で、爺は「この部屋の中には黄金が隠されているから探してみろ」という。
しかも搜せなかったら殺す、みたいなことを言い出したから穩やかじゃない。机の引き出し、押し入れの中とめぼしいところを探してもブツは出て来ない。男がもう泣き顏になってアタフタしている様をキ印の爺は笑いながら、
「は、は、は!」と狂人は軋るような声で笑った。「誰かもそこを見たよ、それで、奴がどうなったか!奴はもう黄金のことは喋らぬ。奴の唇!は、は!」
「帰らしてください!」と淳一は、一種異様な声を出した。「後生ですから、帰らしてください!どうしてあなたは、僕をこんな嫌な場所へ連れてきて、いじめるんです?帰らしてください!」
どうして、といくら男が質問しても、キ印爺が答える筈もありません。とにかく「黄金を見つけなされ!」と一點張りで埒があかない。やけっぱちになってある戸棚を開けると、あるものが飛び出してきて、……という話。黄金といいつつ、全然黄金っぽくないものが出てくるというのがかなりアレなんですけど、この爺の壞れまくったキャラの強烈さでグイグイと讀ませてしまうところが素晴らしい。
双葉十三郎の「密室の魔術師」は、いきなりカタカナの電報文から始まります。語り手は男と一緒に町の演藝場に手品ショーを見に行ったのですが、そこで連れはベロンベロンに醉っぱらい、マジシャンが行う手品の種明かしを大聲で喋り散らしたときたから、魔術師の面子は丸つぶれですよ。ブチ切れたマジシャンは觀客から罵聲を浴びながら退場し、これが後日、殺人へと結びついて、……という話。色々な仕掛けがあるのですが、トリックも現代風でまったく舊さを感じないところがいい。
何だかたった三作を紹介しただけで頁数を超過してしまったので以下は簡単に。
氷川瓏の「白い蝶」は、白い蝶の幻影を見た男や、男が恋をした少女のモチーフなどが幻想的な雰圍氣を釀し出している佳作。
大下宇陀児の「吝嗇の真理」は、ケチンボな男が間男と妻に殺されてしまう物語で、間男と妻は事故に見せかけて夫を殺すのですが、吝嗇家である男にしては奇妙な點が死体にあって、それが手懸かりとなり犯行が暴かれるという趣向です。
横溝正史の「詰将棋」は、たかが詰め将棋に入れ込んでしまった二人の男がトンデモないことになって、……という話。二人の男というのは先生と弟子の關係にあって、詰め将棋マニアの弟子が先生にそれを教えると、もともと頭のいい先生は色々な詰め将棋をつくっては弟子に解いてみろとけしかける。弟子にもマニアとしてもプライドがありますからそいつをさらさらと解き明かしてみせるのですが、だんだん先生も腕もあげてきて、一筋繩ではいかなくなってくる。
弟子の方は風呂にも入らず髭も剃らず、食事もまともにとれないというありさまで、詰め将棋をにらみながら、「畜生ッ、南洞の奴、畜生ッ、南洞の奴……」とか呟いているというんですけど、もう完全に自分の師匠を南洞と呼び捨てですよ。幽鬼と化した弟子が辿る末路が何ともな一品です。
島久平の「村の殺人事件」は、男が蛇に噛まれて死んでしまうのですが、果たしてその犯人は、……という話。最後に開陳される推理が凄くて、蛇に噛まれても死にはしない、その蛇を使って殺そうとする犯人は無知な輩に違いないと断定し、容疑者の中から一番バカっぽい人物をセレクトしてこれが犯人だッとブチあげてしまう論理が凄い。
そのほかおしどり夫婦を探偵役に排して端正な本格ものとして纏めた青鷺幽鬼名義の二作「能面殺人事件」と「昇降機殺人事件」や、蒼井雄「三つめの棺」、天城一の「鬼面の犯罪」など、キワモノばかりではない作品もシッカリと収録されているところもいい。キワモノミステリマニアとしては、上に挙げた作品群をおすすめしてしまうのですけど、あの時代の端正なミステリに興味がある方にも手にとっていただきたい傑作集でしょう。