「台湾ミステリを知る」第七回となる今日は、野葡萄11號に掲載された哲儀の短篇、「詛咒的哨所」を紹介したいと思います。この作品、トリックや謎解きは普通なんですけど、まずもって日本では生まれないような舞台を背景にしておりまして、その点では日本人からすれば非常に台湾的な作品といえるかもしれません。
舞台となるのは、いうなれば兩岸問題の最前線となるとある島で、物語は軍の排長である私の語りで進みます。で、話の始まる前に、あるエピソードが語られるのですが、これが見はり塔で居眠りしていたが為に敵軍の上陸を許してしまい、仲間は九人殺されてしまったものの、自分は助かってしまい、嗚呼、神樣!というもの。
その後、二年以上前の出來事を私が回想するというかたちで話が始まります。まず自分が担当している部署に學生時代後輩だったという男が配属されてくるのですが、こいつがどうにもなれなれしくて私は氣に入らない。「先輩、オレっすよ。板橋校の後輩の。覚えていますよね」とかいって、「こんな知らないところで偶然とはいえ先輩に會えるなんてオレ、本當に嬉しいっス」と頭をペコペコ下げてくるから鬱陶しい。
「俺はまだ死んでないぞ。無闇に頭を下げるんじゃない」とかいってその場はどうにかやり過ごすんですけど、実は私がこの後輩にたいしてぞんざいな態度を取るにはチャンと理由がありまして、学生時代に女の取り合いで二人の間にゴタゴタがあったらしく、これがモトで後に私は殺人犯の嫌疑をかけられてしまいます。
クリスマスの夜、彼女もいなくて寂しいなあ、なんて前戰の小島でしんみりしていると、一発の銃声がして、私は部屋を飛び出します。どうやら銃声は例の見張り塔で聞こえたらしく、駆けつけてみると、暗がりのなかに自分の部下が頭を殴られて昏倒してい、その傍らには頭を銃で打ち拔かれた例の後輩の死体が転がっていたというから大事件ですよ。すわ、敵軍の襲来かと慌てながらも、私は電話で上司に連絡、ほどなくして醫務兵と一緒に士官長と導長がやってきます。
死体の檢分や現場検証を行うのですが、とりあえずその場では、自殺しようとした後輩をとめようとした私の部下が頭を殴られ氣絶、それから後輩が銃で頭を打ち拔いて自殺したということで片付くものの、後の死体解剖によって、銃痕は後頭部から撃たれたことを示していることが判明、銃で頭を後ろから撃ち抜くことは無理だろう、ということになって俄に他殺説が浮上してきます。
そこで軍隊といえば、所属員の過去を調べることなど朝飯前ですから、後輩と女關係で過去に揉めたことがある私は死体の第一発見者であることもあって眞っ先に疑われてしまうのですが、……って、普通ここでは、隣にブッ倒れていた男が疑われるもんじゃないかなあ、と思うのですけど、まあそこはそれ。
犯行が突発的だったということもあって、犯人は自殺に見せかけた死体を後ろから打ち拔いているということも含めて、致命的な手懸かりを殘してしまっているのですが、これが最後に私の推理で明らかにされるという趣向です。
頭を殴られて昏倒していた部下の目撃談をきっかけに私はある人物を疑うに到るのですが、推理の展開自體はソツがなく、愼重に讀み進めていけば案外犯人を指摘するのは容易かもしれません。
しかし何より異常なのはこの犯人の動機でありまして、これが冒頭に呈示されたプロローグに繋がっていくのですけど、完全にキ印ですよ。プロローグの後半には、神樣!とかいっていた人物が、俺様こそ神!、というところに突き進んでしまった末の犯行であったことが明かされます。
語り手が軍人ということもあってか、今まで紹介してきた作品群と比較すると、文体が非常に硬質で異彩を放っています。日本のものでいうと笠井潔フウというか。
実をいうと哲儀の作品は本作しか讀んでいませんで、作者がどのような作風を得意とするのか未だ解明出來ていません。短篇では本作のほか、「勿忘我」「血紅色的情書」とかがあるんですけど未讀です。「血紅色的情書」は第3屆人狼城推理文學獎首獎を獲ったこともあって興味があるんですけど、まあ、これについては近いうちに人狼城推理文學獎の作品を纏めた一册がリリースされることに期待ですよ。
そのほか、作者は野葡萄の15、16號に「淺談推理小説中的犯罪動機」という文章を寄稿しています。この稿で作者は、動機は合理性を重視すべし、と強調しておりまして、作者はミステリの中での動機の位置付けに格別なこだわりがあるのでは、と思うのですが如何でしょう。
そうして見ると、本作もトリックな論理を主体に据えたというよりは、冒頭に呈示されたエピローグが最後に犯人の異樣な動機を明らかにするという趣向を際だたせた作品でありまして、このあたりに作者の風格が出ているのかもしれません。