エロに始まり、グロに至る。
本當は「連想トンネル」をレビューしたかったんですけど、本棚の何処に入れたものかどうしても見つけられなかったので、こちらを先に。
角川文庫としては「カンタン刑」「イースター菌」、そして「連想トンネル」に續く四作目となる本作には、タイムパラドックスとSF作家をネタにしたナンセンスが光る「SF作家倶楽部」、見えない触手で女の子にイタズラをするという當にネクラ男の夢を描いてみせた「触覚魔」、自虐ネタと軽妙な仕掛けが軽やかな「シチショウ報告」、唐突に過ぎるグロな結末が何とも嫌らしい表題作「吸魂鬼」などを収録。「イースター菌」と比較すると、短編としてもしっかりオチをつけた手堅い作品が揃っているように思います。
最初を飾る「SF作家倶楽部」は未来のSF作家倶楽部に招待された三人のSF作家が、それぞれに即興で作品を仕上げ、その場にいる三人が誰なのかを當てるということに。三人はそれぞれ覆面を被せられているので、その場で書かれた作品を讀んで、その作風から誰なのかを當てるということになる譯ですが、實名作家を挙げつつその内容にいらぬツッコミをいれてみせるとろこが莫迦莫迦しい。三人が即興で書いた話の出來具合はまあまあといったところでしょうか。寧ろ本作はそのあとに明かされる仕掛けが決まっていて、強引にオチを決めつつもその仕掛けを回収してしまうところがいかにもな一品です。
續く表題作「吸魂鬼」は、魂を吸い取いとってはその人間になりきってしまう吸魂鬼の話なんですけど、犠牲者の側から描かれる前半はいったい何が何だかという展開で進みつつ、吸魂鬼の正体が明かされたあとの後半からが面白い。女の魂を吸い取った吸魂鬼が興味津々でやることというのが例によってエロ、というのはいかにも作者。呆れながらも讀み進めると、最後の最後でグロネタをブチかますという節操のなさがこれまた見事に決まっています。
「エイリアン・レター」は地球侵略の先魁としてやってきたある宇宙人が主人公で、彼が母や妹、そして友人に宛てた手紙の體裁で物語は進みます。この男宇宙人は精神麻痺を引き起こすアイテムで地球人の女をモノにして、……というところでまたまた開陳されるのはエロ描写ですよ。恋愛感情のようなものを見せつつも、傲慢な語り手のアンマリな行動にちょっとウンザリ。ひねりも効いていない幕引きがちょっとアレな作品です。
「海の墓」は作者の敍情的な風格が堪能できる佳作で、海を主題に据えた「朝」「昼」「夕」という三つの掌編をおさめたもの。それぞれの物語の主人公は少年なのですが、この中では「朝」と「夕」が好みですねえ。何といっても少年の悪魔的な表情が最後に明かされるという仕掛けがいい。
例えば「朝」では、浜辺で少年が空壜を海に向かって投げ捨てる、そしてそれを見ていた紳士が声をかけると、……という話で、最後に少年が空き壜に入れて海に捨てたものが明らかになるという趣向です。多くを語らず、最後の一行だけで朝の砂浜という敍情的な風景を悪魔的なものへとひっくり返してしまうところが冴えていますよ。これは「夕」も同樣で、こちらは砂遊びをしている少年にこれまた男が声をかけるのですが、友達のケンちゃんのことを語る少年の無邪気なようすが描かれ、最後の一行で残酷な一面を見せつけて終わります。
「カメレオン・ボール」は「おてて、つないで」や「涸いた子宮」と同樣、エイリアンと人間の男の交流を敍情的な筆致で描いた佳作。ある日、不思議なボールを拾った男はそれを家に持ち帰るのですが、それはエイリアンの卵だったことが判明、生まれたのは人魚にそっくりな女性型で、美女に成育したエイリアンと男がエッチするのはこれまた式貴士ワールドでは御約束。
やがて男は生活費を稼ぐ為に強盗を始めるのですが、彼は失敗を犯して警察に捕まってしまいます。人魚は動物園の見せ物にされ、……という哀切を際だたせた後半が拔群にいい。珍しく最後はグロで決めずに、お伽話のようなもの哀しい餘韻を交えて幕引きとなります。
續く「触覚魔」がやはり一番ツボでしたねえ。しかし讀みかえすまでどんな結末だったかをすっかり忘れておりました。覚えていたのは前半、超能力者を自認するおれがクラス一の美人に見えない触手でエロ過ぎる悪戯を仕掛けるシーンだけという(爆)。
物語はおれの語りで進みます。おれが自分の超能力を利用価値を見いだしたのは高校三年の時でありまして、この使用用途というのが上にも書いたようにエロ。彼の得意技は霊體である見えない触手を伸ばして何かをする、というもので、これを使って、前の方に座っているクラス一の美女におさわりプレイを仕掛ける譯です。最初のうちは首筋を撫でたり胸をさわったりといった程度だったのが次第にエスカレート、最後は下着の中にまで触手を伸ばして、……というかんじでこのあとは式貴士ならぬ蘭光生の筆致でエロっぽい描写がネチネチと續きます。で、最後に語り手のおれの玩具にされたクラス一の美女は淫亂症になり精神病院に入院、というオチ。しかし物語はここからが本題です。
おれはやがて自分と同じ、見えない触手を持った女性と出會い、そこでまたまたこの触手を使って二人がやることといったら、……いうまでもありませんよねえ。エロですよ。そして彼女は妊娠するのですが、ここでも二人の子供が超能力者というのは御約束でしょう。しかし生まれた子供には目がなく、残酷な一面を持ったトンデモな女の子。やがて出産する時に悶絶死してしまった妻のかわりに、おれはまたまた同じ能力を持った女性と出会います。そして彼女もまたおれの子供を妊娠して、……中盤はしっかりとエロで寄せつつ、ラストのオチをグロで決めるという作者らしい合わせ技が見事に決まった傑作でしょう。
最後の「シチショウ報告」は戦争で死んだ男が天国で神様とチンチロリンをやって、勝負に負けた神様から七人の男に憑依出來る能力を得て、……という話。何となく「虹のジプシー」を髣髴とさせる発想でありますが、短編ということもあって、語り手がここで体験する七度の生がうまく描ききれていないところがちょっと殘念。おれが七人目に憑依したのが作家の式貴士という、ナンセンスな自虐ネタを披露しつつ、最後は見事なオチを決めてみせます。
個人的な好みでいえば、作者の持ち味であるエログロがうまく纏まっている「触覚魔」が一番ですけど、三つの掌編のなかに幻想的な情景と少年の持つ悪魔的な一面をうまく描いた「海の墓」もいい。作者のもうひとつの風格、ナンセンスということであれば「SF作家倶楽部」もなかなか愉しめる作品でしょう。また作者のセンチメンタルな雰圍氣が十分に出ている「カメレオン・ボール」も捨てがたい。
「海の墓」だけは前に紹介した「鉄輪の舞」で讀むことが出來るのですが、「触覚魔」が収録されていないというのがちょっと、というかかなり殘念ですよ。で、本作も現状では角川文庫としては絶版という状況でありまして、ここはハルキ文庫での復刻を期待、とまたまたシツコク書いておきますか。