センチメンタル海野十三、或いは闇鍋モントークのカジシン仕込み綾辻風。
「台湾ミステリを知る」第二回。
前回取り上げた「錯置體」の作者、 藍霄と竝ぶ台湾ミステリ界期待の星といえば、既晴でしょう。
本來であればここで、「錯置體」と同じく04年の台湾ミステリ界で話題となった「魔法妄想症」を取り上げるべきなんでしょうけど、キワモノミステリファンにとっては既晴といえばやはりこれ。怪奇趣味溢れるグロテイストと意味不明の結末が讀者を奈落の底に突き落とす怪作「請把門鎖好」も捨てがたいものの、怪奇幻想ミステリ小説の傑作となればやはり本作「別進地下道」が適當でしょう。怪奇趣味、黒魔術、変態、グロ、トンデモが一體となった作風は、當に作者の眞骨頂、既晴節の眞髓を堪能しまくれる傑作です。
マッドサイエンティスト、地下道の秘密研究室、生体実験、死体甦生、悪魔崇拝、狂人画家、タイムリープ、シリアルキラー、殺人絵画展、凌遲処死、妹萌え(?)、お兄さま(??)……あの懐かしき時代の怪奇幻想テイストをギュウギュウにブチ込んだ風格は海野十三を髣髴とさせるものの、その一方でカジシンや乙一を思わせるセンチメンタルな雰圍氣が全体のトーンを占めているあたりは現代風。
物語は2001年の九月、台北市に甚大な被害を与えた納莉台風を詳述するプロローグから始まります。
語り手である探偵の私、張釣見は暗い部屋のベットで目を覚ますのですが、何故自分がここにいるのか判らない。その前の記憶が飛んでしまっている譯です。ここ数日の記憶はハッキリしているのにおかしいと思っていると、傍らで女の声がする。振り返るとそこには何故か自分の初戀の人、周夢鈴がいる。果たしてこれは夢なのか……というところから物語は私の過去の回想へと續きます。
私と小學校が同じだった夢鈴は幼い頃に兩親を事故でなくし、「人類の未来」なんて真面目な本をコッソリ讀んでいるおませで影のある女の子。そして事故で亡くなった父と母を甦らせたいという願いを持つ彼女には天才肌の兄がいる。妹萌えでキ印入ったこの兄貴が本物語のいうなれば最重要人物でありまして、彼は妹が高校生の時、書き置きを殘して台湾を出國、後に生物学者となって狂氣の実驗にズブズブとのめり込んでいく譯です。
で、或る日、鬼谷と呼ばれて子供たちの間では恐れられている地下道の場所に私と夢鈴の二人は忍び込み、そこで恐ろしい体験をします。夢鈴いわく、この鬼兄には何か秘密がある、というのですが、彼女を好きな私はこれを機会と、暗闇の恐ろしい怪奇スポットで大胆にも彼女に愛を告白、しかしその後頭のブチ割れたゾンビ猫が目の前に現れて吃驚仰天、命からがらその場を逃れるのでありましたが、その後地下道は原因不明の出火を被り、果たしてその地下道には何があったのか、夢鈴の口にした秘密は明かされないままこのエピソードは謎を残して現代編へと引き継がれます。
納莉台風のあと、浸水した地下鐵線から何體かの奇妙な男性死体が発見されるのですが、ほとんどの死体に外傷はないものの、身元を証明するものは何も持たず、不可解なことにその顏には化粧を施されていたという。しかし中の一體だけは他と異なり、手にはナイフを握り、死因は絞殺、この死体が事件の鍵を握るものと警察は睨みます。
これらの死体は百貨店に忍び込もうとした窃盗集團ではないかなどの臆測が浮上するものの、その中で有力だと思われたのが、とある邪教集團の存在でありまして、拜鬼教というその集團が台風の夜、地下で何やら怪しげな儀式を行っていたのではないかということで警察の捜査は進みます。
そんな中、浸水した地下道から男性の死体とともに一人の女性が発見され、彼女は私の初戀の人、周夢鈴の身分證と自分の名刺を所持していたという。しかし警察に呼ばれた私が病院に駆け付けると、その女性は夢鈴ではなく、まったくの別人。そして皆の前で突然発作を起こしたこの女性は凶暴化、で、緊急避難的にこの女性を殺してしまうと再び捜査は振りだしに戻ってしまいます。
何故見つかった女は夢鈴の身分證を持っていたのか、そしてずっと會っていない夢鈴は今どうしているのか。……彼女は何かの事件に巻きこまれたのではないかと危惧する私は、かつて夢鈴が住んでいたというマンションに行くのですが、そこで彼女が當時つけていたとおぼしき手記を発見します。
そこにはかつて台湾全土を震撼させた恐怖の連続殺人鬼、洪澤晨のことが書かれていて、……というかんじで、このあとは連続殺人鬼洪澤晨と所有した人間を発狂させる恐怖の絵画「膜拜撒肝」に絡んだ事件が讀者の前に提示され、それらの事件の背後にある絵画蒐集家の男や、殺人鬼洪澤晨、そして狂人画家との關連が明かされていきます。
またその一方、浸水した地下鐵線で発見された死体の謎に關しては、台風の夜、地下隧道へと入っていく不審な男の姿が目撃されており、その人物とこの死体との關係はという謎も含めて、物語は怒濤の後半へと突き進んでいくのです。で、ここからが凄いんですよ。
中盤までは不可解な死体の謎を中心に、夢鈴を追う私の視點からいかにもミステリふうに展開される物語は、狂人画家の描いた絵画の行方を追ううちに、夢鈴の兄の所業が徐々に明らかにされていく後半から、怪奇幻想小説へと大きく傾斜していきます。そして殺人絵画展の開かれた場所を訪れた私の前に謎の女が現れて、……ともうここからは完全にブッ飛んでます。怪奇幻想トンデモテイスト炸裂ですよ。
サスペンスも交えて奇態なアイテムが次々と開陳されていき、その一方で前半に伏線として張られていた大風呂敷が疊まれていく樣はある意味壓卷。そしてマッドサイエンティストとの対決の後、冒頭シーンで提示された謎が明らかにされる、哀切を交えた結末が何ともいえません。妹萌えの変態兄貴の狂いっぷりと、そこから創出された狂氣の創造物、さらには連続殺人鬼や狂氣の画家たちの手によって一大怪奇世界が展開されるところが後半の見所でしょうか。
そしてそんな怪奇な世界に、通奏低音のごとく流れている、主人公の淡い初戀を交えた純愛小説の風格がまた獨特の雰圍氣を出しています。グロとトンデモばかりに目がいってしまいがちですが、この水彩画を思わせる純愛物語が事件の全体を覆っている重要な鍵であるという仕掛けがまた冴えています。
勿論欠點といえるものがない譯ではなく、例えば後半、謎の女の登場によって語り手の私がアレするという展開はあまりに唐突。しかし本作はまず怪奇幻想ミステリであること、そして中盤で明かされるマッドサイエンティストの所業が讀者の前に提示された時點でこのような展開もアリと考えるべきでしょう。
更にいえば、この仕掛けによって總ての伏線が強引に回収され、事件は解決したかに思わせた後、再び私の回想によってそのすべてが幻想と狂氣へ回歸していく幕引きがいい。これによって後半に展開された怪奇幻想世界が、地に足のついたもう一つの狂氣と幻想によってさらに覆され、全体の結構がミステリとして完結するという手法が冴えています。
そしてこの含みを持たせた結末に、綾辻行人を始めとした日本の新本格ミステリの影響を感じてしまうのでありました。讀後感は井上夢人の某作と、乙一の長編のアレを思い浮かべてしまいますねえ。また、幻想に寄りかかることでしか眞相が解き明かせないという特異な構成は、有栖川有栖の「幻想運河」をも髣髴とさせます。
そんな譯で、トンデモが炸裂したギミックはあの時代の怪奇幻想小説風ながら、ミステリとしての結構は日本の新本格。そういう意味では當に過去と現代のミステリが交錯した地點に生み出された幻想ミステリの傑作といえるのではないでしょうか。米国英国の作家がものにしていれば、日本のミステリファンが飛びつきそうな作品なんですけど、ここでもやはり台湾ミステリというのがアレでしょうかねえ。
千街氏が「怪奇幻想ミステリ150選」の新版をリリースする時には是非ともリストに入れていただきたい大傑作。或いは怪奇幻想小説にも造詣が深く、作者の既晴氏と面識もある(んですよねえ?[01/19/06 追記 確認しました。以下のリンク參照をこと。])芦辺氏あたりが日本のミステリファンに紹介してくれませんかねえ、これ。
[01/19/06: 追記]
「紅樓夢の殺人」台湾版リリースの件で芦辺氏が昨年訪台した際の記事(「とある作家秘書の日常」さんの「台湾(2日目)」)を見つけたので、とりあえずリンクを張っておきます。