氣狂い科學者どものトンデモアイテム發表會。
エログロ怪奇幻想探偵小説とあれば、絶對に忘れてはならないのが海野十三大先生。作品に鏤められた濃厚な変態倒錯テイストは普通の本讀みを寄せ付けないほどの毒氣に滿ち滿ちているものの、その奇想とナンセンスに關しては日本SFの元祖といわれるだけに今でも強烈な衝撃を与えてくれる作品ばかりです。
以前本ブログでも取り上げたのこのシリーズ、怪奇探偵小説傑作選と比較すると、渡辺啓助御大よりナンセンス風味はかなり強め、その変態エロテイストの偏向ぶりは蘭郁二郎を髣髴とさせるものの、こちらは登場人物たちが普通人を裝ったインテリばかりというところが異なります。エログロといいつつ、エロに關してはあくまで添え物、それでいてその凄まじい奇想から思わずオエッとなるようなグロっぽい話をさらりと描いてしまうあたりが好き者にはタマリません。
冒頭を飾る「電気風呂の怪死事件」は作者の初探偵小説というだけあってエログロともに控えめではありますが、現場から発見された行李の中からエロ寫眞がワンサカ見つかるわ、天井の覗き穴から女風呂を盗撮するわと変態テイストがシッカリと物語の中核を占めているあたり、やはり最初からしてただ者ではない風格を漂わせています。
物語はまんまタイトルのようなお話でありまして、男が電気風呂で感電してテンヤワンヤとなっている間に女が死体で発見されます。しかし被害者である女がどうやってこの風呂場に入ってきたのか分からない。更には三助の小部屋の天井裏からも女と同樣、喉笛に鋭い吹き矢の刺さった男の死体が発見されたとあって搜査陣はどよめきます。三助の部屋の天井裏には覗き穴があり、更には男の部屋の行李からは女のエロ寫眞がワンサカと見つかり、……というかんじで、果たしてこの女の死体と三助の死体にはいかなる關連があり、犯人はいかにしてこの犯行を為し遂げたのか、これが常識的な推理によって解明されます。これだったら普通に探偵小説として通用しますよ。
という譯で、エログロとナンセンスを期待していた御仁はガッカリの作品でありますが、ご心配なく。作者の変態テイストがムンムンと立ち上ってくるのはこの後からでありまして、次の「階段」は普通人にすました変態男の「僕」の語りで進む物語で、脚フェチであることを自覺しつつも、そのムラムラを心の中の悪魔と見なして「彼奴」と呼ぶ僕は文章の上では饒舌乍ら、實際は女もマトモに知らない潔癖性のムッツリ男。
「出来ることなら綺麗に抹殺してしまいたい僕の人生だ」という投げやりな冒頭の一文からして既に語り手がトンデモないことになってしまっていて、その話をこれから回想するんだな、と容易に想像できますよねえ。
この僕は大學三年の時に、珍奇な大學教授の手傳いをさせられます。これが僕の転落のきっかけのひとつでありまして、統計狂の珍教授のいわれるまま、僕は信濃町駅のプラットフォームに突っ立って、階段から下りてくる女性の人數を數えていくのですが、續々と降り立ってくる女性のおみ足を追いかけているうちに何だか妙な氣分になってきます。所謂心の中のムラムラである「彼奴」が僕の中に芽生えた瞬間でありました。
このアルバイトによって脚フェチに目覚めてしまった僕は以後、心の中に巣くう「彼奴」に煩悶しながら一年は過怠なくどうにかやり過ごしたものの、大學を卒業してある博士から研究所の助手として働かないかと声をかけられます。
研究室にはコケティッシュな雰圍氣が惱ましいミチ子孃や、大人の女の色香がタマラない理学士の佐渡子孃などがいて、ムッツリな僕は落ち着きません。そこにいよいよ博士が殺されるという事件が発生。僕は研究室で働いている人間を疑いつつそれぞれに聞きこみを始めるのだが、……という話。
後半はこれまたマトモに探偵小説しておりまして、仕掛けというか眞相もこれまた普通。しかし脚フェチだと思っていた語り手の僕が、実はトンデモないアレだったことが明かされる最後の一文は當に驚愕の眞相で、事件の謎解きよりもこちらの方に自分は吃驚してしまいましたよ。
さて頁を繰るごとに変態度が増してくるというのが本作の旨すぎる構成でありまして、續く「恐ろしい通夜」からグロテイストはよりいっそう濃厚に、物語に仕掛けたナンセンスはさらにその鋭いキレを見せ始めます。
物語の冒頭、大尉、理學博士、そして軍醫が揃って何やら怪しげな実驗をこれから始める、ということが仄めかされます。実驗を開始して結果が出るまでは時間があるから、ということで、遲れてこの場にやってきた軍醫の差しいれである大振りのサザエを皆でムシャムシャと食べたあと、三人がそれぞれ自分の体験を語りあおうじゃないかということに。果たして三人が語り終えたあとに明かされる眞相とは、……となるのですが、三人目の軍醫の話の途中であるハプニングが発生、それがこの場に居合わせた者たちのトンデモない愛憎關係を明らかにして、……という話。
とにかくこの話は冒頭にムシャムシャと食べたサザエがキモなのですが、このグロを交えた鬼畜ぶりをさらりと描いてしまうあたりが作者の風格。キワモノミステリマニアとしては、ここをもっと執拗に、もっともっとネチっこくと希望してしまうのですが、このあっさりしたところがナンセンスの絶妙な風味を添えているということもいえる譯で、惱ましいところですよ。
「振動魔」はマッドサイエンティストの奇想だけで押しまくるストレートな短編かと思いきや、最後にドンデン返しを交えてミステリ的なオチを決めてくれる怪作。これまた語り手の「僕」が友人のマッドサイエンティストのことを語るという構成なのですが、これが最後の仕掛けに繋がっているところが洒落ています。
僕の友人柿丘秋郎は金持ちのボンボンで、美人の奥さんを持って何不自由ない暮らしをしている幸せ者。一方、この僕は柿丘の奥さんの美しさに心酔しておりまして、自分がこの美人の奥さんの旦那だったら、……と饒舌に語る僕の妄想がかなりキているので軽く引用致しますと、
若し僕が、仮に柿生秋郎の地位を与えられているとしたら——おお、そう妄想したばっかりでも、なんという甘い刺戟に誘われることか——僕は呉子さんのために、エジプト風の王宮を建て、珠玉を鏤めた翡翠色の玉座に招じ、若し男性用の貞操帶というものがあったなら、僕は自らそれを締めてその鍵を、呉子女王の胸に懸け、常に淡紅色の垂幕を距てて三拝九拝し、奴隷の如くに仕えることも決して厭わないであろう。
かなり屈折したマゾ男である僕でありますが、この物語の主役は友人の柿丘。彼の妄想はこれくらいにして話を戻しますと、この柿丘というのがトンデモない貪欲者で、僕などは自ら貞操帶をつけて奴隷のように御奉仕したいと妄想してしまうほどの呉子夫人がありながら、ブクブクに肥え太った牝豚女を妊娠させてしまいます。柿丘は必死になって堕ろしてくれと牝豚女に懇願するものの、女の方もしたたかで私がほしいのは貴方、なんて嘯くばかり、柿丘の切なる願いを聞き入れてはくれません。
やがて友人の柿丘は何かに憑かれたように家の空き地へ妙な形の掘っ立て小屋を建てるや、何やら怪しげな実驗を始めます。この実驗というのが牝豚女の子供を堕胎させる為にと始めたものでありまして、彼は牝豚女の子宮に外部から振動を与えて、その内膜に張り付いている胎児を剥離して堕ろしてしまおうというのです。考えただけでオエッ、ですよ。
やがてこのトンデモ装置を設置した場所に牝豚女を案内すると、件の機械をスイッチオン。果たして牝豚女はトタンに氣分を惡くしてトイレに駆けこむや、腹の中から胎児を堕ろしてしまいます。彼の奸計に氣がついた牝豚女は自分が堕ろしたヌルヌルグチャグチャの胎児をマッドサイエンティストの頬にピシャリと投げつけ(オエッ)その場を立ち去るのでありましたが、同樣に振動を浴びた氣狂い博士も無事で濟む筈がありません。何やら喉のあたりに妙な感覺を覚えて咳払いをするなり、大量の鮮血を吐き散らして絶命してしまいます。
そして僕は彼の妻であり心の中の女王樣でもある呉子未亡人と再婚します。すべてが平穏に終息したかに見えたが、そこに探偵帆村荘六が現れて、……。
最後の方でこの語り手僕の名前が明かされるのですが、この名前のインパクトは相當のもの。自分的には、マッドサイエンティストが自らビルドした振動装置にアタって喀血するシーンでは、コガシン先生みたいに内臓をゲボーッと吐き出すのかと期待していたので、このあたりはちょっと肩すかし。それでも僕の名前が探偵の口から明らかにされるところだけでも大滿足ですよ。
……なんて書いていたらまた長くなってしまったので、二つのエントリに分けたいと思います。次回は、大乱歩の「芋虫」から山上たつこひの「光る風」まで、日本のグロ文化のなかでは決して見逃すことの出來ない「芋虫ダルマ」系の系譜に連なるとともに、マッドサイエンティストの奇態な純愛を描いた傑作「俘囚」など、エログロナンセンスと奇想溢れる傑作怪作を取り上げるのでこう御期待。という譯で以下次號。