ジャケ帯に偽りあり。檢閲図書館VS.インチキ占い師とすべきはないでしょうかねえ。
本作は序章から始まり、そのあと大きく三部に分かれているのですが、このジャケ帯の煽り文句に騙されてしまい、最初の方は完全に讀み方を間違えてしまいましたよ。悔しい。
というのも、バーサス、とあるからには、檢閲図書館と怪盜二十面相が虚々實々の攻防を繰り広げる冒険活劇的要素がテンコモリの作品なんだと期待してしまいまして。全然違いました。
序章でベタな昭和初期の風景が描かれ、黙忌一郎が登場するのですが、その後の第一部は「押絵と旅する男・考」や「乃木坂芸者殺人事件 備忘録」「感想録」といったテキストが挿入されながら、志村という特高警察の視點から描かれます。
志村は上司の課長から、小菅刑務所に赴いて、黙忌一郎という人物に会うべし、……その事前の準備として千百番なる受刑者を見ておくべしという命を受けます。彼は小菅に向かう前に、淺草で、檢閲図書館の右腕伊沢から「押絵と旅する男・考」という奇妙な映畫を見せられ、乃木坂芸者殺人事件を記した備忘録という検事調書めいたものを渡される。
志村は千百番の囚人、遠藤平吉という男に面會し、その後、黙忌一郎から乃木坂芸者殺人事件についてあることを調べてほしいと依頼されるのだが……。
ジャケ帯にある怪盜二十面相が登場する、というかその正体が明らかにされるのはもっとずっと後で、バーサスといって煽りたてるほどのものではありません。寧ろ本作では、萩原朔太郎の「猫町」に託して、二二六事件が起こりつつある帝都の尋常でない雰圍氣を表現したり、或いはその背後に暗躍する黒幕や、その黒幕の手足となって動き回る不氣味な貴族機動非常勤特別班との攻防などが前面に描かれておりまして、ミステリとしてはちょっと物足りない。
ミステリとして見た場合にキモとなる乃木坂芸者殺人事件でありますが、その事件の概要は当初から「備忘録」や「感想録」といったテキストで語られるばかりで現実味がありません。といってもこれは作者の思惑に違いなく、「なかったことにされてしまった」事件というものを語るためには、このような構成にせざるを得なかったのだと思います。
實際のトリックについていえば、作者のミステリにしてはいつになく小粒で、何というか虫太郎風味。トンデモというほどではないのですけど、作者らしくない氣がします。
小さな錯誤が明らかにされるごとに推理が反転していくさまはなかなか面白いのですけど、それでもこの事件が物語の前面に出て來るのは最後も最後ですから、思うに作者がこの作品で語りたかったことは、殺人事件というよりは二二六事件の方だったんじゃないですかねえ。從って「ミステリ・オペラ」のような作風を期待するとちょっとガッカリするかもしれません。かといってジャケ帯にもあるような歴史冒険活劇という譯でもありませんし、その點ではちょっと中途半端に感じてしまう。
ただ冒頭に書いたように、自分としてはジャケ帯に惹句に騙されて、冒険活劇を期待しつつ途中まで讀み進めてしまったものですからこういう印象になってしまったのかもしれません。先入觀を持たないで本作に挑めばもう少し愉しめたのになあ、と思うとちょっと悔しいですよ。
個人的にはキャラ立ちした貴族機動非常勤特別班の面々がも少し活躍してくれればと思いました。この連中、本作では完全に捨てキャラになってしまっているんですけど、ちょっと勿体ないくらいに惡役としては素晴らしく、こんなに簡單にアレしてしまっていいの、というかんじですよ。この調子だと次作での登場も絶望的だし、あとは黒幕がどんなふうに次作では絡んでくるのかを期待、ですかねえ。
という譯でとりあえず讀み方を間違えてしまったので多くを語ることは出來ません。文庫落ちした時にでもまた再讀してみたいと思います。皆樣におかれましてはくれぐれもジャケ帯に騙されないよう。それでも一言いわせてください。
最近のハヤカワ・ミステリワールドはちょっとおかしくありませんかねえ。ジャケ帯の内容を考える編集者は本當に作品を分かっているのかどうか。