「古本屋で中町信の本を集めよう」シリーズ第三回、という譯で、今回は斜陽館に恐山、竜飛崎と下北半島の旅情溢れるシーンも素晴らしい(かなり皮肉)アレ系の作品、「下北の殺人者」を取り上げてみたいと思います。
最初に告白してしまいますと、本作を讀み進めている間、何ともいいようのないモヤモヤとした既視感に襲われ續けておりまして。まず頁をめくると、これから物語のなかで登場人物たちが辿ることになる宿泊場所が簡單な地図とともに添えられているのが目に入ります。
續いてプロローグと題した本編に入る譯ですが、これが「三泊四日のあのいまわしい旅行から歸宅」した私の一人稱で語られる、というのはアレ系ミステリの作者としては御約束。で、私は食卓に座りながら夫の遺書を讀んでいる譯です。その遺書を傍らにおくと、今度は便箋の手紙を手に取って讀み始めるのですが、この手紙の末尾の一文がいかにもいわくありげに添えられてい、それを讀み終えた私は佛壇の夫の遺影の前に正坐します。そして私が一月近くの出來事を回想する、……というかたちで第一章「礒部温泉の死」が始まるというこの構成だけで、実をいうとだいたい犯人がどんな人物が分かってしまいましたよ。
というのも、この夫の佛壇に座りながら云々というプロローグの書き出しが以前取り上げた「奥只見温泉郷殺人事件」に酷似しておりまして、だとするともしかしてこの仕掛けはあんなかんじじゃないかなあ、なんて考えつつ、第一章を讀み進めていった譯です。
この一章も私の一人稱で語られるところは同じで、彼女の夫が勤めている出版社には群馬縣人會というものがあり、そこでは毎年一度、親睦旅行が行われていると。で、今回の事件というのは、この「本州さいはて旅情」のツアーでなかで起こります。
この「本州さいはて旅情」のツアーなんですが、登場人物の一人の解説によれば「美人のピチピチギャル」の添乘員がついていて、出発は上野發22時23分の寝台特急、……ってツアーで寝台列車ですかッ。もっともこの寝台列車での出來事が事件の伏線になっていたりするので無視できない譯ですが、それにしても縣人會のツアーで寝台特急を使うというのもかなり變わっていますよねえ。
で、今回のツアーに参加するメンバーのリストが次に挙げられているのですが、この中で氣になるのが、カッコつきで「死亡」と書かれた一人の女性の名前でありまして、この女性は今月のゴールデンウィークに群馬縣の磯部温泉で死体となって見つかったというのです。で、この磯部温泉のツアーに參加したメンバーが今回の「本州さいはて旅情」の參加リストにも入っているというから穩やかではありません。更にはこの女性が寶くじのグループ買いで当選した三千万を管理していたことが分かっており、彼女はこのお金の為に殺されたのではないかと私は疑っているのです。
更にはツアーの參加メンバーが、湯島のラブホテルで殺害された女性の事件に絡んでいるらしいということがほのめかされ、本州さいはて旅情の旅が始まります。
寝台特急で弘前へと到着した一行は斜陽館を巡り、二時間サスペンスドラマ風に觀光ツアーを堪能します。とはいっても旅情ツアーの參加者といいつつ、彼らはミステリの登場人物でもありますから、二人三人と集まれば、話にのぼるのは磯部温泉で殺された女性のことになるのは當然で、ああでもないこうでもないという議論のなかで一人の人間が怪しい、という結論に至るのですが、間髪を入れずにその怪しいと思われていた人物が竜飛崎で殺されてしまいます。怪しいヤツはまず殺される。それも畳みかけるように次々と殺されるという展開はこれまた中町ミステリの御約束でしょう。
で、凄いのは、人が死んだ、それも殺された可能性が限りなく高いっていうのに、このツアーが中止にならないことでありまして、一行は添乘員とともにチャッカリ恐山の觀光を終えたあと、藥研温泉の旅館に宿泊するのですが、そこでまたまた參加者の一人が死体となって発見されてしまいます。だから一人目が死んだ時にやめておけば良かったのに、などと思っても後の祭り。
ここで、語り手の私の夫が犯人だと疑われ、その疑惑に呼應するかのように、夫が毒を飮んだ死体となって見つかるのですが、彼は手紙を残しており、その遺書めいた内容に愕然とする私の描写でこの旅情ツアーの章は終わります。
次からは旅行の最中におこった樣々な出來事を手掛かりに、私の推理が始まります。殺された人間の言動や不可解な行動などを解明していく過程で、或る人物の証言が重大な錯誤を持って語られていたことが明らかになるのですが、その錯誤が非常に特殊な病気によるものだった、っていうのはこれまた「奥只見温泉郷殺人事件」と同じですよ。嗚呼、ここでもまた自分は激しい既視感に襲われてしまったのでありました。
で、いよいよこの人物が犯人に違いないという結論が出たところで、またまたその人物が毒を煽った自殺死体で見つかります。
そしていよいよプロローグのシーンと同じ文章が語られ、本当の犯人が誰であるのかが明かされるという趣向なのですが、上にも書いたとおり、自分はプロローグのシーンを讀んだだけで激しい既視感に襲われてしまいまして、この時におおよその犯人像も分かってしまったんですよねえ。という譯で後半、仕掛けが明らかにされた時にも大きな驚きはありませんでした。捻り方は「奥只見温泉郷殺人事件」の方がうまく決まっていると思います。本作の場合、一つ一つの殺人のトリックも吃驚するようなものではないし、今ひとつパンチに欠けるというか何というか、自信を持ってお薦めできるような作品ではないんですよねえ。
という譯で、駄作という譯ではないんですけど、中町ミステリの中ではごくごく普通のレベルです。必死に搜してまで讀むような本ではないでしょう。