最近リリースされた「妖怪紳士」をレビューしようかと思っていたのですが、よくよく自分のブログの履歴を見返してみたら、第二巻の「幽霊博物館」を取り上げていませんでしたよ。先にこちらを済ませてしまいましょう、という譯で、今日は「筑道夫少年小説コレクション」の二巻目となる本作を取り上げてみたいと思います。
女の子イジメとトラウマテイストが素晴らしかった「幽霊通信」、そして少年小説といえいっさいの手抜きなしで真剣勝負に挑んだ「蜃気楼博士」、そして写真の手掛かりを添えて獨特の味のあるフォトミステリーを収録して大人も大いに愉しむことが出来た第三巻の「蜃気楼博士」。いずれのコレクションもおすすめだった譯ですが、さて本作はどうかというと、おばけ博士こと和木俊一が活躍するシリーズを前半に据え、後半にはしっかりとしたミステリの結構が光る物語を纏めた手堅い構成となっています。
やはり注目すべきは前半の和木俊一シリーズでありまして、樣々なおばけ事件におばけ博士が素晴らしい活躍を見せてくれます。本作に収録されている作品は、第一巻「幽霊通信」に相違して、あの獨特のトラウマテイストは希薄で、寧ろ第三巻の「蜃気楼博士」などで見られていたロジックが光るミステリとなっています。
最初の「崖上の三角屋敷」はせむし男と女の幽霊が出るという屋敷が舞台となって、おばけ博士和木俊一がその謎を解くというもの。幽霊の正体を突き止めようと和木たちが屋敷の廻りをうろついている間に、警察官が殺されてしまうのですが、この殺人事件の背後にあるWhy-done-itが重要だという和木の推理が作者らしい冴えを見せる一編。
本作に収録されている和木シリーズは、連作の體裁をとっておりまして、一つの事件が終わる直前に新たな事件が和木の元に持ち込まれるというふうに構成されているところが洒落ています。で、この「崖上の三角屋敷」の最後、すべてが解決されたと思っていたところに、今度は人形が次々に殺されるという事件が提示されます。
第二話の「のろわれた人形」は、手作りの人形が首を切られたり、胸にナイフを突き立てられたり、擧げ句には爆発させられて人形が殺されるという不可解な事件に和木が挑みます。和木の見立てで次に狙われるのは或る人形だということになり、皆が見はりを行うのですが、犯人はその裏をかくかたちで別の犯行を爲し遂げます。更には庭を人形が歩いていたところが目撃され、人形が殺されていくのは何故なのか、犯人の目論みは何なのかというwhy-done-itを巡る推理が展開される構成は、第一話と同じ。
犯人一味の手によって誘拐されたしのぶの前に、不氣味なピノキオや醜い顏をし老婆が現れて「おまえは私たち人形の仲間になるんだ」と脅しをかけるかけるあたりに「幽霊通信」のトラウマぶりが少しばかり感じられ、自分などはニヤニヤしてしまう譯ですよ。
續く「人魚殺人事件」は人魚を見た、といって殺された水族館の警備員の謎を和木探偵が解く物語なのですが、第二話と同じく際だっているのは、探偵も含めた少年少女たちが冒險活劇的な活躍を見せるところで、このあたりが、女の子の美香をトコトンいじめてトラウマを植え付けてやろうという作者の意地惡な試みを小話的な物語に纏めていた「幽霊通信」とは大きく異なるところです。また殺人事件が大々的に取り上げられているところも本作の和木俊一シリーズの特徴といえるでしょう。
この「人魚殺人事件」ではちょっとした暗號が彩りを添えているのですが、主題となるのはやはりwhy-done-itで、ロジックを重視した構成が作者のミステリの風格を見せています。
さて、そんななかで唯一異彩を放っているのが、「血をすうへや」です。吸血鬼を扱ったこの作品、本作に収録されている他の物語とは異なり、この作品だけは作者が前に出てきて、「みなさんも、ごぞんじでしょう」という例の語りで探偵和木俊策を紹介をくだくだしく述べたりするのですが、これが作者のイジワルな仕掛けだと氣がつくのは最後の最後。シリーズものだからこその仕掛けに自分もすっかり騙されてしまいましたよ。個人的にはこういう仕掛けは予想していなかったので驚かせてもらいました。「蜃気楼博士」といい、ミステリの變化球まで用意して少年少女を騙そうとする作者の心意氣には本當に參ります。
「鬼がきた夜」「殺人迷路」などはおばけも幽霊も登場しない、純粋なミステリでありまして、二重の密室と不可解な現場状況の謎をロジックで解き明かしていく展開がいい。ネタ的にも完全に大人向けというかんじで、少年小説だからという手抜きはいっさいなし。作者の真劍ぶりが傳わってきます。
「鬼の顏」以下は、日常の謎系の作品も交えた小品が竝びます。この中では、「五ひきと二羽が消えた!」が光っていますねえ。
犬小屋ごと盜まれた犬、籠ごと盜まれた金絲雀、ふんしの砂をいれた箱ごと盜まれた猫などなど、近所で奇妙な事件が立て續けに起こります。果たして犯人の目的は何なのか、というところを逆説的な推理で解きほぐしていく展開がいい。
續く「竜神の池」も、祭の最中に池のなかで刺殺されたという不可能犯罪を巡る物語なのですが、これもまた少年小説らしくない見事さで犯人と犯行方法を推理していく手際の良さが光っています。
殘念なのは「幽霊通信」と同樣、初出時のイラストが掲載されていなかったことですねえ。日下氏の解説によれば、「幽霊博物館」の挿繪はあの石原豪人(神!)だったそうですし、「鬼が来た夜」は「蜃気楼博士」の挿繪が素晴らしかった柳柊二がイラストを書いていたとのこと。この桃源社版の挿繪が掲載出来なかったのは本當に惜しい。まあ、それでも第三巻「蜃気楼博士」と第四巻「妖怪紳士」の方は柳柊二の挿繪がテンコモリでして、この後に続くシリーズでも挿繪の再録を大いに期待したいところであります。
本作に収録されている作品のほとんどは、少年小説とは思えないレベルで短篇ミステリを試みており、普通にミステリが好きな大人でも十分に愉しめる内容となっています。キワモノ好きな自分としてはあまりに行儀が良すぎて少しばかり物足りないのですけど、まあそれは自分がかなりの變わり者だからでありまして、一般の方々であれば本作や「蜃気楼博士」から取りかかるというのもアリでしょう。