陳綺貞が主役をはったミュージカル、というか舞臺劇のサントラがこれ。サントラといっても物語のはじめから終わりまで登場人物の台詞も全て収録したものでありますからミュージカルのライブといった方が良いんでしょうかねえ。
何しろ二枚組CDでありまして、結構な長丁場なのですけどまったく飽きさせません。冒頭のいかにも寂しげな滑り出しからワルツ調の曲調へと轉じるあたり、普通に聽いていればプログレの組曲フウといっても通用するような展開です。個人的にはラッテ・エ・ミエーレの「受難劇」よりも聽けますよ。
陳綺貞はこの中で目の見えなくなった主人公を演じていまして、そのいきさつが語られ、彼女の歌が入るのはCD一枚目の四曲目から。彼女のモノローグが終わると、何処か惚けたかんじのピアノの旋律がしずしずと始まります。そしてこのピアノにあわせて呟くようなかんじで重なる彼女の伸びやかな歌声がまた何ともいえない素晴らしさなんですよねえ。
陳綺貞のギターと彼女の歌が入っている曲はそれだけを取り出しても十分に通用するほどの名曲なのですけど、このミュージカルの中の一曲として聽いても物語の雰囲気にしっかりととけこんでいて場面場面で生き生きとした效果をあげています。特にCDの六曲目「時鐘森林」はたおやかなホルン、登場人物たちの樣々なモノローグが交錯する中盤の伴奏部、男声とのデュエットなど聽き所も多い名曲です。
で、このCD聽いて「似ているなあ」と思ったのが、ザバダックの吉良知彦のソロアルバムの一枚、「賢治の幻燈」、ってこれ、知っている人いるんでしょうか。
このアルバム、宮沢賢治の「オツベルと象」を中心に宮沢賢治のモチーフをコンセプトに仕上げたアルバムなんですけど、ゲストにはお馴染みの原マスミや小峰公子(奧さん)、遊佐三森などを迎え、ジャケと挿繪はあの天野喜孝。もうこれ聞いただけでどれだけ氣合いが入っているか分かろうってもんじゃありませんか。
「オツベルと象」の朗読というか語りもあるんですけど、原マスミの妙に惚けた声の語り、そして象の役の遊佐三森の声が何ともいえない哀愁を誘う素晴らしさで、最後、象が死んでしまうところで聽きながら落涙してしまう人もいるのではないでしょうか。因みに自分は何度聽いてもここでグッときてしまう。中年にもなると妙に涙もろくなるものなんですよ、と誤魔化してみても駄目ですか。
本作はインストも含めて吉良知彦の良い部分が全て出ているという奇跡的な作品でありまして、幸いにもまだ絶版になっていないようなので、「幾米地下鐵音樂劇原聲帶」を聽いて氣に入った人には是非ともこちらもお薦めしたいところです、……というより、ザバダック、吉良ファンに本作をおすすめするというのが筋でしょうかねえ。まあ、いずれも奇跡的な名盤でありまして、プログレ好きのみならず、素晴らしい音樂に貪欲な御仁には強力にリコメンドしたい作品です。