で、昨日レビューした「ルパンの消息」をネタに紹介しようと思っていた寿行センセの小説がこれ。
「ルパン」の方は時效まであと24時間というところから物語が始まっていたのですが、こちらの方は時效よりももっと厳しい状況です。死刑執行まであと120時間ですから。もう法務大臣は死刑執行命令書にハンコを押してしまっていて、最高裁も命令書を受け取ってしまっている譯です。それを阻止しようっていうんだからもうムチャクチャですよ。しかしそれが寿行ワールド。とにもかくにも強引な展開で讀者を無理矢理にでも納得させてしまいます。
物語は霖雨に閉じこめらた夜の街を、宮城テレビに勤める曲垣が人を撥ねてしまうところから始まります。曲垣の運転する車の前に飛び出してきたのは芹沢という刑事を辞職した男で、彼は時計臺を見つめて、「あと百二十時間だ……」と呟くと、左足をひきずりながら雨のなかを再び走り出します。
三年前に一家慘殺事件があり、芹沢はその捜査に加わっていました。搜査陣は芹沢の主張を無視して、江島正雄という男を逮捕したのですが、その江島の死刑執行が五日後に行われることを芹沢は檢察官は柳瀬から聞いたのです。彼は江島の無實を信じ、死刑の執行を止めるべく、眞犯人を搜そうと動き出す、……ってどう考えたって、法務大臣も執行命令書にハンコを押してしまっているんですから、無理です。
しかし芹沢は、彼の侠氣にうたれた宮城テレビの曲垣などの協力を得て、眞犯人を追いつめていきます。まず被害者が飼っていたシェパードの死体を見つけ出し、それが毒殺されたものであることを証明し、宮城テレビは奔走する芹沢を追いかけてそのようすを放送するや大反響。法務大臣、警察、検察を卷き込んでのトンデモない展開となっていきます。
本作では女性がほとんど出て来ません。寿行ワールドでは、女というものは聖女か淫売かの二者擇一しかありえない譯ですが、本作で登場する女性はおしなべて後者の方。芹沢の舊妻、犯人の女たち。そのなかで唯一、自殺をしてしまう江島の妻、久美の最期は哀愁を誘います。極惡の助平爺である被害者に目をつけられたばかりに、性風俗に賣られ、擧げ句の果てには自殺してしまいます。このあたりの悲慘な境遇を寿行センセはさらりと描いてしまうのですが、自分的にはこの久美の哀しい影が物語全体のトーンを覆っているように感じられるのですが如何でしょう。
とにかくそんな譯で本作は徹頭徹尾、男、男、男ワールドが全開でありまして、芹沢の男氣に突き動かされるように、一本筋の通った男達が動き出します。宮城テレビの曲垣をはじめ、法務大臣の中畑も「お父さま!」と娘になじられるや、警察に捕まった芹沢を釈放するように手を回したりと、寿行ワールドらしい男氣溢れる脇キャラも素晴らしいの一言。
トリックらしいトリックはないのですが、死体探知茸といったアイテムなどの新味もあり、中盤からは何故江島が犯人ではないのかといったところの推理や、小さな物証を頼りに、芹沢が犯人を炙り出していくあたりの展開もあり、サスペンスを主軸に据えながらミステリらしい體裁も備えています。
後半はついに犯人を追いつめた芹沢と犯人たちとの一騎打ちとなる譯ですが、いつもならここでド派手なアクションで讀者サービスに撤するのが寿行センセの御約束。しかし本作の犯人たちは江島の死刑が執行されるまでずっと怯えて暮らしていた譯で、芹沢のような男と戰う力すら備えていません。で、最期は予想通りの展開で幕引きとなるのですが、本作はここに至るまでのサスペンスフルな過程を愉しむべきものであって、やはりこの終わり方がふさわしいでしょう。
寿行センセの作品にしてはいつものドギツい性描寫は控えめで、死刑執行を待つばかりの江島がムラムラと亡き妻の癡態を妄想するくらいなので、寿行初心者にも安心の一册といえるでしょう。