リリースされたのは確か今年の春の筈で何を今更、というかんじなんですけど、「時效まで24時間」というあらすじを讀むにつけ、これをネタに西村寿行の某傑作を紹介することが出來ると思って讀み始めたのですけど、全然違う物語でした。
向こうは刑事が奔走して事件の犯人を追いつめていくのに對して、こちらは取り調べ室における容疑者とのやりとりと、事件の回想が大部分を占めており、昭和の雰囲気が隨所に鏤められたお話です。
「おーい、お孃ォ、事件現場じゃ用足しはどうしてるんだ」なんていう、えらく間の抜けた冒頭の書き出しからいきなりずっこけてしまうんですけど、ブンヤの可愛い女の子も含めたこの刑事仲間の忘年會は、15年前の自殺事件についての有力情報がある筋からもたらされたことから一転、刑事たちは警察廳の取り調べ室に參集し、そこからは容疑者の取り調べの場面へと移ります。
刑事たちに時間はありません。關係者を次々と見つけてきては、警察廳の取調室で聞きとりが併行して行われます。各の刑事たちが各容疑者の取り調べから得られた事実を付き合わせながら、徐々に眞相に迫っていくという展開は緊張感に溢れています。
この取り調べの場面に反して、15年前の事件の回想シーンは何というか、今のオジサンから見た昔の不良學生の青春群像とでもいいましょうか、所々に書き込まれたワンシーンワンシーンがさながら大映映畫のようでもあり、「レッツラゴー」といった今となっては懷かしい死語の書き込みとも相俟ってえらく妙な雰囲気を釀し出しています。
不良といえども當事の不良は一本筋が通っていますから、仲間の兩親が子供を置いて逃げたとあれば、大人は許せねェと歎息し、仲間の妹にラーメンを食べさせたりします。このあたりが昔のドラマっぽくていい味を出しているんですよ。
この不良學生たちが、學校の金庫に隱されている試験用紙を盜んでしまおうというのが、タイトルにもなっているルパン作戰で、彼らは學校に侵入しことを爲し遂げようとするのですが、そこで思わぬ殺人事件に卷き込まれてしまい、……とまあ、ここはオジサンの作者に敬意を表して、昭和の死語アイテムをフルに使いながらルパン作戰の概要を述べるとしましょうかねえ。
ナウでヤングなジョージとキタローは學校をバックレては喫茶店「ルパン」にシケこんでいるようなワルで、彼らは仲間の橘、そしてケイたちと學校の金庫に隱されている試験用紙をカッパラおうと策略を巡らせます。
学園ものには定番の鬼センコー、そして彼らが憧れるムチムチプリンのボインちゃんである英語のグラマー先生などなど、物語を手堅く纏める脇役にも趣向が凝らされていて、彼らが作戰を決行するまでのエピソードもなかなか愉しめます。
特に彼らが繰り出した赤坂のディスコで、英語のグラマー先生とカチあってしまう場面がいい。半ヅッパリの彼らが漠然とした将来の不安などを語っていると、女の悲鳴。見ると外人どもに絡まれたグラマー先生ではありませんか。ワルの外人といえば、今でこそ奪う殺すとド派手な凶惡犯罪を全国各地で全面展開されている中國人を思い浮かべてしまう譯ですが、ベトナム戦争反對とかでガメラの監督のお父さんがゼッケンをつけて反戰運動をやっていた時代とあれば(ってこのネタ分かる人っていったい何人いるんだろか)、ワルの外國人といえば米兵、というのは御約束でしょう。
団鬼六の「花と蛇」を挙げるまでもなく、スケベなワル外人といえば黒人と相場は決まっていて、多分名前はジョージとかそんなかんじでしょうかねえ。俺たちも黙っちゃいられねえとばかりに橘が「ヘイ、ユー」と声をあげると(今だったら、「ヘイ、ブラザー!」)、仲間も「いってまえ!」と煽りたてます。見事ワル外人を驅逐したあとに先生たちと仲良くなってしまうというのもこれまた御約束でしょう。このシーンが事件の真相を解く大きな伏線となっているのですが、勿論自分は氣がつきませんでしたよ。
でいよいよ作戰決行となってレッツラゴーと學校に忍び込んだワルでしたが、金庫を開けると中に入っていたのは試験用紙ではなく、グラマー先生の死体だったからあっと驚くタメゴロー。死体をそのままにバイナラする譯にもいかず、マイッチングながらもどうにか死体を舊に戻してバハハーイと學校を飛び出します。
しかし翌日になると、金庫にあったグラマー先生の死体は校舍の外の繁みで見つかり、さらには遺書までも発見されます。グラマー先生は何故殺されたのかという謎は勿論のこと、何故犯人は死体を金庫から引きずり出して自殺を擬装したのか。15年を經たワルたちの記憶の斷片が、刑事たちの推理によって徐々にひとつの真実へと集束していく後半の筋運びは見事。
さらに事件の犯人が見えてきたと思いきや、偏屈な鑑識課の男のひとことによって全てが再び反転する怒濤の展開が素晴らしい。三億圓事件との絡みもこの後半に至って俄然盛り上がってき、最後には時効寸前にいったい誰がこの情報を警察にあげたのかも明らかになります。眞相の背後にあった人生の悲哀、慟哭。平易な文体とすっきりした物語の運びで「泣き」を效かせる手法は當に作者の風格でしょう。
15年前の事件をこうもはっきりと覚えているのか、とツッコミたくもなるのですが、まあそこはそれ。脇役である刑事達の人生の機微もしっかりと書き込まれていて、後半にそれが事件の關係者たちと共鳴し合うところは本當に見事。何となく荒さも感じられるものの、作者の處女作と考えればこれも「勢い」と肯定的に見た方がいいでしょうねえ。堪能しました。
作者の作品は「臨場」に續いてこれが二作目なんですけど、なかなかのものですねえ。ただ、あまりに正統派に過ぎて、自分のようなキワモノ好きにとってはどうしても後回しになってしまうのも事実でして。伏線の妙、無駄のない(しかしちょっと無理はありますが)物語の展開、じっくりと書き込まれた登場人物たちの人生の機微などなど正統派のミステリをめいっぱい堪能してみたい方におすすめしたい傑作でしょう。
追記:勘違いしていました。ベトナム戦争云々のところはパネルではなくてゼッケンでしたよ。本のタイトルまんまでした。という譯で修正しておきました。この人物か誰であるかは、「ゼッケン」「ベトナム戦争」あたりでググってみれば容易に見つけることが出來ると思います。以上。