探偵森江春策の高校時代から現在までに至る事件簿、ということで、全作品小粒乍ら過不足なく纏めてある好短篇集といったかんじでしょうか。
とはいえ連作短篇めいた仕掛けがシッカリと施されていて思わずニンマリしてしまいます。そして何より驚くのは、この連作短篇としてオチはこうして作品集として纏める為に後から考えついたものだというのですから何ともはや、ですよ。もっとも「墮天使殺人事件」というハチャメチャリレー小説においては、各人が好き放題に散らかしてしまった伏線を最後の最後でしっかりと回収してみせるという超絶技巧を披露してくれた芦辺センセのことですから、本作の場合は全てが自分の手になる短篇とあれば、これくらいのことは朝飯前だったのかもしれません。
自分は氏の處女作「殺人喜劇の13人」を讀んでからその文体が自分の肌に合わない為にずっと敬遠していたこともあって、森江探偵が大學を卒業したあと、新聞記者をやってたなんていうのは全然知りませんで、大學時代に司法試験へ合格してすぐに弁護士になったもんだと思ってましたよ。
さて、冒頭を飾る「殺人喜劇の時計塔」は森江探偵高校時代の犯罪です。頭に石塊を叩きつけられて殺されていた他學校の生徒の死体。目撃者などの話を綜合すると、どう考えても彼は時計塔が示していた時刻よりも前に殺されていたとしか考えられないのですが、何故こんな状況になったのかということを森江探偵が推理します。
で、本編で重要なのは、この殺された生徒が付き合っていたといわれている女生徒と、彼を好きだった犯人の男子生徒の存在でありまして、これが最後の最後に連作短篇の仕掛けとなって絡んできます。
仕掛け自體は予想通りというか、こういう單純なトリックは自分のような頭の惡い人間でもだいたい想像がつきますよ。
さて、本作では短篇の間に
續く「殺人喜劇の不思議町」は森江探偵大學時代の犯罪でありまして、オレンジ色の閃光と銃殺死体の謎に森江探偵が挑むのですが、小粒なかんじは否めません。高校時代の彼はそれなりに個性的だったんですけど、田舍が舞台となっているためか、それとも相棒がいないからか、どうにもこの作品における森江探偵は影が薄いような氣がしてなりません。まあ、地味な探偵であることは森江探偵本人も認めている譯で、本作をキャラ小説として讀む方はいないとは思いますけどね。
「殺人喜劇の鳥人伝説」は記者時代の作品ですが、これは島田荘司フウの派手な殺され方が光っています。ただ、死体が飛び上がったという奇天烈な現象の眞相がこれというのはちょっとねえ、というかんじです。
次の「殺人喜劇の迷い家伝説」はインターミッションで「神の灯」が挙げられている通り、消失した建物の謎が中心をなしている譯ですが、自分が大好きな作家の某作品を讀んでいれば容易に分かってしまうのではないかなあ、と思います。トリックの処理もあちらの方が劇的で纏まりもいい。系統は同じながら味つけで作品自體の雰囲気もかなり變わるものなんだなあと思った次第。
本作に収録されている作品はすべて「殺人喜劇」から始まるタイトルで統一されているのですが、この「迷い家伝説」や後半の「殺人喜劇のC6H5NNO2」も含めて物語の登場人物が演じる雰囲気がおしなべて映畫的なんですよねえ。映畫といってもこの場合、ハリウッドのようなそれではなくて、昔の映畫。演劇的な手法を採った映畫といえば何となくイメージしてもらえると思うのですが、最近の監督ですと三谷幸喜氏の諸作品にも通じる趣があるんですよねえ。
これは前に取り上げた「不思議の国のアリバイ」などが典型で、徹底的な惡人が登場しないところとかも含めて、物語全体に優しい空気が流れているところに獨特の個性があります。風格は大きく異なるものの、飛鳥部センセの小説にも何となく共通する趣を感じてしまうんですけど、どうでしょう。登場人物が「演じている」という雰囲気に共通するものがあると思います。
さて、本作の中でもっとも悔しかったのが、これに續く「殺人喜劇のXY」。これ、ダイイングメッセージものなんですけど、自分は犯人の名前まで分かったんですよ。でも、「誰が」犯人だか分からなかったんですよねえ。ダイイングメッセージふうのものは二つあって、そのひとつがタイトルにもある「XY」なのですが、このあとにもうひとつ決定的なものが見つかりまして、自分はこれを見た瞬間に「あ、これはアレだな」と分かってしまいました、というか、このメッセージは臺灣人だったらここで犯人の名前を想起することはたやすいでしょう。小學生でも出來ます。
しかし、しかしですよ、登場人物のなかの誰が犯人か分からないんですよ。何というか、「あなたが名探偵」に収録されていたイジワルミステリの佳作、「読者よ欺かれておくれ」とまったく同じな譯で。作中に作者が凝らしてある仕掛けに氣がつかないとまったく犯人が分からないという趣向です。芦辺センセ、こういうの、好きなんですねえ。
「殺人喜劇のC6H5NNO2」は明言してある通り、まさに素人探偵が入り亂れての「毒入りチョコレート」系の作品です。短い為か、今ひとつ各人の推理が混沌とした雰囲気を釀し出すところまでに至っていないのが殘念といえば殘念です。やはりこういうのは長編でグチャグチャにしてしまった方が俄然愉しめます。
そして最後の「殺人喜劇の森江春策」。ここで再び冒頭の「殺人喜劇の時計塔」で重要な役回りを演じていた者が登場して、本作を連作短篇たらしめていたある仕掛けが明らかにされます。
ちょっと期待してしまうのは、「殺人喜劇の森江春策」で姿を見せた犯人で、この人物が森江探偵の生涯の宿敵になったりは、……しないですかそうですか。いえね、やはり名探偵には宿敵がいないとアレじゃないですか。で、「怪人対名探偵」はあの通り一發モノだったし、本作の犯人だったら何だか妙に冷血なところもありそうだし、今後數々の事件の背後に登場して……、なんて期待してしまいました。二階堂センセがあの通り、魔術王という素晴らしい(ちょっとやりすぎ感も強いが)宿敵を登場させて探偵小説の向こうを張ってくれているのですから、ここは何よりも探偵小説を愛する芦部センセには二階堂氏にも負けないような強力な宿敵を、と期待はグングンと膨らんでしまうのでありました。
圖拔けた作品というのはないのですが、ひとつ挙げるとすればやはり「殺人喜劇のXY」ですかねえ。恐らく自分は皆さんよりも確実に犯人を指摘ことが出來る筈だったのに、それが出來なかったという悔しさもあって、この作品をイチオシとします。
強引に連作短篇へと仕上げてしまった作者の技と、地味過ぎる森江探偵らしい地味な事件をノンビリと愉しみたい作品集。森江探偵ファンは必讀。自分のような新島ともか萌えの人は微妙、……というところでしょうか。