ねむさんが管理人をやっておられる午睡図書館で「孤島フェア」が開催中です。自分が推薦した本作は未讀とのことなので、昨日の「夏、19歳の肖像」に續いて、今日も島田莊司の作品を取り上げてみたいと思います。
さて、本作は「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」などと同じ、ユーモアミステリというジャンルに入るものでして、内容は輕め、というか、タイトルからしてミステリとしても薄味なのが丸わかりなんですけど、ミステリ風味のユーモア小説と思って讀んだ方が良いでしょう。
舞台となる「孤島」は神奈川県横須賀市にある猿島で、「島中が旧軍部の要塞と化した東京湾の小さな無人島」というのも今は昔、兵舍や彈藥庫、砲台跡や司令部といった建物は殘っているものの、今では「磯遊びも出来」て「10月から3月にかけてはウミウが集まる」レジャー施設になっているようです。本作のあとがきには「電話も通じない」とか書いているあるのですけど、今はどうなんでしょう。
トリックの方はあまりにオーソドックス過ぎて島田莊司らしくないんですけど、物語の風格は軽薄短小の八十年代末期の空気をうまく体現していまして、登場人物は皆漫畫から拔け出してきたようなものばかり。そのなかでも一番アクが強いのが毒島浅虫刑事で、何より際だっているのはその服裝のセンス。これを本文から引用するとこんなかんじ。
……まず、ワイシャツの色である。これが微妙な色合いのグリーンである。これはまだよい。ネクタイが素晴らしい。なんとなくは虫類の警戒色を思わせるような黄色と黒のだんだら縞模樣に、よく見ると全体にいぼいぼみたいなに、ダークグリーンの水玉が散っているというこったデザインであった。
ボクはわりとおしゃれな方で、東京中の主だったメンズ・ブティックは歩いているつもりだが、ボクの知っているどんな店にも、どのデパートのネクタイ売り場にも、あんな代物はなかったと断言出来る。
と爆笑ものの描写が續きます。「倫敦と漱石ミイラ」でも、ホームズと夏目漱石が出会う場面は大笑いさせてもらいましたけど、この毒島刑事の登場シーンもなかなかのものでしょう。
吉敷ものや御手洗ものの重厚な文体とは異なり、語り手であるタックの語りで進められる物語は今讀むとかなりイタいんですけど、まあ、これも二十年前、軽薄短小がよしとされた狂騷の時代に咲いた徒花と思っていただければと。橋本治の「桃尻娘」とか(いや、ここでは「ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかの殺人事件」を挙げるべきですかね)、こういう薄っぺらい文体が「ナウい」とされた時代があったんですよ。
ミステリとしての謎は、孤島の密室、消失した死体、監視下での密室状態、首なし死体、といったところでしょうか。仕掛けは單純で、島田莊司らしいお遊びもないオーソドックスなものなので、犯人は誰かということはおいといて、犯行方法についてはすぐに分かってしまう人も多いでしょうねえ。
それでも多才でならす島田莊司の、卓越したユーモアセンスを堪能することが出來る貴重な一册。「倫敦と漱石ミイラ殺人事件」を讀んだ人は本作もきっと愉しめるでしょう。
『嘘でもいいから殺人事件』島田荘司/集英社文庫
島田荘司って、こんなのも書く(書いてた)…