ハードボイルド、ノンフィクション、都市伝説怪談と様々に擬態して読者を華麗に欺いてみせる業師、詠坂氏の最新作。版元が光文社から幻冬舎となったことで編集者が変わったからか、かなり作風に変化アリ、ながらこちらの方が一般受けして良いカモ、とも感じた次第。
ジャケ帯では「警察小説×学園小説×活劇小説=未曾有の傑作ミステリ誕生!!」とアジテートしているのですが、警察、学園、活劇、というのは本格ミステリとしての技巧を際立たせるための擬態というよりは、各パートの登場人物たちの個性を引き立てるための舞台という印象ながら、その一方で、本格ミステリというか探偵小説的なコードを裏返してみせることで、人間ドラマをより純化させようという試みが行われているところが秀逸です。
物語は十年前の連続殺人事件を模倣した不可解な事件が続発、この事件を追いかける刑事のパートがいうなればジャケ帯にいう「警察小説」のパートで、これに続いてトンデモない罪を犯した娘っ子が隠遁している全寮制の学校で発生した爆破事件が「学園小説」。もちろん話が進むにつれ、警察小説のパートと学園小説のパートは模倣犯の捜査という軸によって重なりを見せ、最後にこれがある人物の登場によって活劇小説へと転化するという破格の結構をサラリと書きこなしてしまうところが詠坂流。
活劇小説のパートにいたって、模倣犯がなぜ過去の事件の模倣を続けるのかが明らかにされるのですが、この答えを引き出していく伏線が警察小説のパートの部分にミッシングリンクのかたちでほのめかされています。このある種、奇天烈ともいえる動機を本格ミステリ―探偵小説として見るにつれ、探偵の不在という本作の特色が浮かび上がってくる仕組みで、ここから言うなれば芋蔓式に操り者の不在など、現代本格的なコードを裏返した本作の趣向が姿を見せてくるところが心憎い。
ジャケ帯には「三人揃って怒濤の急展開!!!」とあるものの、ここは「電氣人間の虞」においては或る仕掛けを構築するために都市伝説怪談的な風格を前面に押し出して、或る設定を大胆に読者の前に提示しながら、それでもしっりかと騙してくれるという盤石さを見せる詠坂氏でありますから、「警察小説」と「学園小説」というパートの中にも、この急展開を喚起させるための伏線を本格ミステリ的なコードとともにシッカリと添えてみせているところもいい。
登場人物たちの痛さは、むしろ処女作「リロ・グラ・シスタ」に近くなっていながらも、それが「リロ」や「電氣人間の虞」のような大胆な仕掛けと絡み合うことなく、それぞれのパートの中に描かれたドラマ性によって引き立ててみせるというあたりが、詠坂氏の作風の変化なのか、それとも担当編集者が変わったゆえなのか、――そのあたりが判然としないのですが、個人的には過渡期、あるいは次なる大飛躍の前の作品かなという印象でありました。処女作から作者の作品を追いかけている読者の中には、自分のようにチョットだけ戸惑ってしまう人がいるカモしれないので、そのあたりの人間を描くという本格ミステリ的な技巧面での変化については取り扱い注意、ということで。