あの銀髪ヒラメ顔のヒロインが帰ってきたッ、――といいながらもジャケではほんのり微修正されてフツーに可愛い顔になってしまっている本作、共感覚というテーマに絡めた奇天烈なホワイダニットで驚かせてくれた前作「キョウカンカク」に比較すると、やや弱いかなという気はするものの、探偵としての宿業を抱えたヒロインや警察内部の権力闘争など、シリーズものならではの趣向をイッパイに盛り込んだ風格で堪能しました。
物語は、犬猫を虐待した挙げ句殺人にまで手を染めたサイコ野郎の容疑者として浮上したのは、元警察官僚の禿坊主。銀髪ヒラメ顔のヒロインはヒョンなことから知り合った娘っ子とともに件の事件の闇を探っていくのだが、……という話。
痴漢騒ぎで女探偵と知り合うことになった娘っ子が「お姐さまぁ(はあと)」と慕ってくるところなどから、キワモノマニアとしては必然的に百合っぽい展開を期待してしまうのですが、そうしたシーンは一切ナシ。元警察官僚といえば、これまた冷血漢をイメージしてしまうものの、これがまたなかなかにキャラ立ちした人物で、おまけにボーイたちも痴漢嗜好の変態君など、脇役どもも含めてマトモな男が一人としていないというやりすぎぶり。
件の猟奇殺人の容疑者として禿坊主を追いつめていくという展開がフェイクであることは明々白々、フーダニットという点に関しては前作同様バレバレゆえ大きな驚きはありません。しかしこのシリーズの眼目は、共感覚というネタからいかに奇天烈なホワイダニットを引き出してみせるかにあるわけで、前作を読まれた方であればそのあたりを当然期待してしまうところでありましょう。
ただ、本作においてはタイトルにもある月の仕業という、やや陳腐化したともいえるネタが事件の謎を構成にする要素として大きな比重を占めているゆえ、サイコ的な事件の様態などがやや定番なところに落ち着いてしまってい、そのあたりに前作並の驚きを期待していた人はやや肩すかしを感じてしまうかもしれません。
むしろ、本作の見所は、容疑者とされている家族ともうひとつの家族を対置させ、アウトサイダーとして生まれし者の悲劇と普通人の狂気の双方を際立たせた構図のうまさにあります。
さらにこの対置の構図を二段重ねにされた真相開示の展開とすることで、ダミーの真相においては本シリーズのテーマを重ねたアウトサイダーの宿業とでもいうべきものを活写し、その一方で狂気というにはアンマリな、――それでいてあまりにリアルな動機によって引き起こされた事件の真相が明かされるという結構は秀逸です。さらに最後には前半の家族の非業を通じてヒロインの苦悩をさりげなく添えてみせた幕引きもい。
さらに動物虐待からコロシに至るまでの猟奇事件の流れの中に或る種の紛れをひそませ、そこにはヒロインが持っている特殊能力による気付きを起点とした推理の趣向を施した展開も素晴らしい。確かにフーダニットを決定する或るアイテムについては、ヒロインしか知ることができず、物語の外にいる読者にしてみればまず気が付くのは不可能というものであるし、探偵のちょっとした振る舞いから読者がこの点に思い至るのもまた不可能というものながら、このシリーズの特殊性を鑑みればこのあたりについては個人的にはノープロブレム。
それとコロシの真犯人が自らの心情を吐露するシーンにおいては、このシリーズならではのテーマによって或る家族の悲劇を活写したあととあれば、感動フレーバーも交えた人間ドラマをさらりと描き出すことの可能だったのを、ドドンと一ページを使って鬼畜な台詞をリフレインしてみせるという剛毅には、メフィスト賞作家の魂を見たというか何というか、……キワモノマニアであればここはニヤニヤしてしまうところでしょう。
宿業を背負ったヒロインと裏で何やら企みまくっているとおぼしき矢萩との今後の関係も非常に気になるところで、今回のように警察権力の内部抗争といった趣向が大きく前面に出てきたことで、物語の背景が鮮明になってきたような気もします。男はこれすべて変態君で、美人なヒロインがねばい視線で見つめられるという風格や、捜査の背後には警察権力の闇をにおわせるあたり、本格ミステリの部分をもっと硬質に仕上げれば「女囮捜査官」みたいな良質シリーズとして、本格ミステリのファンにも受け入れられるのではないかな、などと期待してしまいます。
ただ、それにはやはりもう少しエロを増量してほしいというのがキワモノマニアとしてのささやかな希望でありまして、メフィスト賞作家の先輩を見習って、美人探偵が恥ずかし固めされた挙げ句アソコのにおいを嗅がれていやんイヤンというところまでいってくれ、とは言いませんが、本作では例えば姐さんと慕う娘っ子との百合っぺな展開は当然期待されたところであろうし、セクハラ三昧の禿坊主もヒロインのビキニ姿がみたいなー、なんてリクエストをしているのだから、魁偉なスキンヘッドに美女とくれば、綺羅光を挙げるまでもなく当然「そうした展開」はこれまた期待されるところで、……とキリがないのでこれくらいにしておきますが(爆)、次作では鈴木氏の手になる「そうしたシーン」の挿画も入れれば、もっとモット多くの読者の手にとってもらえるのではないかと思うのですが、いかがでしょう。
ホワイダニットという点では、処女作に比較するとやや弱くなってしまっているところはあるものの、人物配置とシリーズのテーマを巧みに活かした構図の美しさなど、作者ならではの本格ミステリのセンスの光る逸品といえるのではないでしょうか。オススメ、でしょう。