古典部シリーズ最新作。前作「遠回りする雛」が結構シリアスな内容だったゆえ、案外、次は軽めで来るんじゃないかナ、という予想は的中。ただ、人によってはこの軽さを厭うて本作を、弱いダメな作品と感じてしまう方もいるのではないかと推察されるものの、個人的には探偵ボーイの苦悩の萌芽も見られるなど、シリーズとして次段階に進む可能性がほのめかされているところや、人間の心の機微に絶妙な気づきとロジックによって迫ってみせる展開など、堪能しました。
物語の結構はシンプルで、マラソン大会の真っ最中に、古典部へ仮入部をするも突然辞めてしまった娘っ子の理由について探偵ボーイが色々と推理する、――という話。当然、その辞める理由には、件のえるタンがまたまた絡んでいるらしいということは、このシリーズの定石として推理などしなくても予測出来るのではないでしょうか。
実際その通りで、新入りの娘っ子との出会いから退部に至るまでの経緯がいくかの逸話とともに語られていくのですが、この逸話の中にも日常の謎「らしきもの」がシッカリと鏤められているところも期待通り。
とはいえ、本作は長編でもあるわけで、エピソードの中に日常の謎の提示と推理を鏤めて数珠つなぎにしてみせる結構がただそれだけのためにある筈がなく、そうした謎解きの中にほのめかされた登場人物たちのあまりにさりげない台詞や行動が、大元の謎として序盤から読者の前に提示されている「仮入部した娘っ子はどうして突然退部するにいたったのか」というものを解き明かす伏線として機能しているところに注目でしょう。
カボチャや招き猫など、日常の謎ものとしてはそれなりによく出来たものであるし、探偵君の推理や、特に招き猫の逸話に見られる相手の心の裏を読もうとする丁々発止のやりとりなど、米澤ミステリに期待される展開も個人的にはツボだったのですが、どうもアマゾンのレビューとか読むと存外に厳しい意見がズラズラと並べられていることにチと吃驚。
思うにこの「敗因」は、こうしたエピソードを単なる日常の謎の連なりとして「のみ」とらえてしまい、本作の縦線を貫くものとなる、新入部員の娘っ子の内心という「大きな」謎をスッカリ忘れてしまった結果、そうした逸話がこの大きな謎との連関の中でどのように機能しているかという点に着目しなかったがゆえではないかと思うのですが、いかがでしょう。
えるタンと新入部員の二人の心を忖度しながら、絶妙な落としどころを探ろうとする探偵ボーイの行動は爽快であると同時に、彼がまた隠しているところをズバリと言い当ててみせる新入部員の娘っ子とのやりとりも心地よい。
個人的には本作、探偵ボーイの次なる成長へのきっかけを活写した物語として読んだので、特に後半、
昨日まで部活の後輩としてそれなりに和やかに話していた相手の、ものの考え方や感じ方に踏みいって分析する。つまり「お前はこういうやつだ」と言い続ける。冷静に考えてしまえば、そんなに俺は偉いのかと疑問が湧いて止まってしまう。今は先を続けなくては。
というあたりの描写に打たれました。青春ものであとともに、それがこの世代ならではの探偵の悩みと重ねられている風格もまたこのシリーズならではのものだし、「追想五断章 」や「秋期限定栗きんとん事件」みたいに登場人物に容赦のない鬼畜ものとは違って、安心して手に取ることができる一冊といえるのではないでしょうか。