世界一の強者になることしか頭のない格闘バカが館に集って連続殺人、――と、腕のない輩が書けばB級どころかZ級の仕上がりにもなりかねないネタを、シリアスに、それも本格ミステリならではの異様な真相を際立たせた逸品へと仕上げた一冊で、堪能しました。
物語は正直上にもザックリまとめた通りなのですが、格闘一家を中心とするメンバーが館に集まるやコロシが始まるも、そもそも盲目の祖父ちゃんからして人殺しもノープロブレムで人が死んで守護神もウハウハ、みたいなことを嘯く輩でありますから、絞め技で殺されようが何が起ころうが登場人物たちに切迫感といえるものはナッシング。
探偵役である日本人も警察職であるのだから本来であれば最後の最後、目の前で死合いが行われようとしているのを制止すべき立場であるのに、一人の格闘マニアとしてガチンコ勝負を見届けたいという思いにあらがうことはできず、ついに死合いが始まってしまうという展開も凄いのですが、連続殺人に巻き込まれるのが格闘一族という、本格ミステリ的にはかなり風変わりなものながら、跡継ぎ云々といったことが動機の根底にあるとおぼしきところから、すわ一族皆殺しかという展開は、よくよく考えてみれば横溝ミステリに連なる本格ミステリの定型と見なすことも可能だし、個々の殺人についてもひとまずアリバイを検証してみせる探偵の振るまいなど、一見すると奇矯に見える登場人物や設定も、その実、本格ミステリならではの定型をかなり意識した結構に仕上げてあるところが面白い。
かといって真相や事件の構図もまた、ボンクラワトソンが死体を前にして雷に打たれたような衝撃を受けるや死体がブーンと宙を舞って、最後は探偵様が推理を開陳して大団円といった陳腐な定型に寄り添ったものかというとさにあらず。そうした模倣と陳腐化の真逆を行く現代本格ならではのある趣向をフル活用したもので、格闘技――それが「秘伝」読者も興味津々というような凄腕の柔術ワールドに謎めいた一族ならではの異様な構図が重ねられ、現代本格のアレを縦横に凝らした素晴らしい構図が明らかにされます。
特に過去編において創始者の宿敵であり盟友でもあるある人物の動きに焦点をあて、過去の逸話が明らかにされるにつれ、事件の裏に隠された現代本格のアレが明かされる流れを本丸と思わせて一件落着となるところを、最後の最後でひっくり返してみせたもう一つのアレがいい。秘伝の世界だからこそ、ある属性の人物たちは自然と後景に退いてしまうという構図の見せ方が絶妙な誤導となって働き、最後のアレとこの連続殺人のきっかけとなったある出来事に隠された異様な動機がこの属性という共通項によって連関するところも秀逸です。
本作の登場人物たちは最強伝説にとりつかれた格闘バカどもとはいえ、呆王の某作のように、件の館に向かう途中で殴り合いの喧嘩が始まるわけでもなし、コロシがあったからといって理性を失い大暴れするという武術家の風上にもおけないようなヘタレとも違い、ヤイノヤイノと議論はしながらも冷静沈着にコトに進めるゆえ、格闘家たちが秘密の舘に参集というザックリまとめてしまえば何ともアレなあらすじに相反して、定型をトレースした連続殺人ものという、本格読みには読み慣れたパッケージもあって非常に端正なものに感じられます。
しかしその実、最後に明かされる事件の構図は、こうしたクズミスに堕ちかねない特殊な設定を最大限に活かしたものであるところなど、現代本格の技巧をイッパイに堪能できるところも好感度大。過去編から現代編の最後に展開される死合いのシーンなど、闘いの描写も情景が目に浮かぶほど生々しく、実践はからきしだけど「秘伝」とかはしっかり読んでるヨ、というような頭デッカチな武術オタクはもとより、現代本格でちょっと変わったモンが読みたいナ、という方も愉しめるのではないでしょうか。