ジャケ裏に編集部曰く「勇気ある新入生諸君に、魅力的な謎を贈ります」とありながら、謎そのものの魅力よりも、謎解きの見せ方に面白さを持たせた粒ぞろいの作品を集めた一冊でありました。個人的には乾氏の暗号ものだけでも大満足。
収録作は生徒の自殺事件をきっかけに学校全体の不穏な陰謀劇をミステリタッチで描き出した三雲岳斗「無貌の王国」、とある歌の改変に隠されたある思いが時代を超えて探偵たちの胸を打つ傑作、乾くるみ「≪せうえうか≫の秘密」、作者が得意とする少し歪んだ世界での事件を明快なロジックで解き明かす、石持浅海「ディフェンディング・ゲーム」。
隠れオタク野郎のつぶやく怒濤の妄想トークが猟奇事件を引き寄せる、浦賀和宏「三大欲求(無修正版)」、ソウかキューブかという今ドキのゲームものに大胆な伏線を凝らした快作「三猿ゲーム」の全五編。
「無貌の王国」は、王国というタイトルに暗示される通り、とある自殺事件をきっかけに学園の隠微な裏事情が明らかにされていくという展開で、事故とも何ともつかない奇妙な事件の数々を背後で操る存在が解き明かされていくにつれて、フーダニットの要素が強まっていくという構成は秀逸ながら、何だか最近はこのテのネタの作品を結構読んでいるような、……という既視感を覚えてしまいました。操りシンドロームというか何というか。最近の新人賞受賞作と違って、国家だ何だのというトンデモへと流れずに、最後の真相開示とオチでキャラ立ちを極めたところが面白い。
個人的に収録作品の中でイチオシなのが「≪せうえうか≫の秘密」で、学校に伝わる歌の改変に絡んで乾式の暗号技巧が炸裂。暗号ものに關して言えば、謎解きを細部に至るまで逐一追いかけていくのは頭の悪いボンクラにとって今ひとつ辛いものがあるのですけど、本作では最後に明らかにされる眞相が、歌の改変という謎の呈示のきっかけへと回帰して、その意味を見事に反転させるという趣向が素晴らしい。
さらにその改変と暗号に込められた切実な思いが、過去現在という時間を超えて、探偵と、その謎解きを目の当たりにした読者の胸を打つという構成も言うことなし。最近読んだ暗号ものでは、歴史的バカミスの陰でマッタク話題にもならなかったクラニーの「遠い旋律、草原の光」の真相も大好きな自分としては、本作もまた、乾氏の短編の中では偏愛したくなる一編となりそうです。
「ディフェンディング・ゲーム」は、石持氏の得意とする、「少しヘン」な世界を舞台にしたロジックもの。一党独裁国家において、敵国の侵入者とおぼしき人物の事件が発生、見回りを行うことになった彼らの前にムチャクチャ怪しい輩が現れて、――というところから人間消失ネタを添えてみせた一編で、事件の謎解きからこの謎の呈示そのものに裏があることを暴いてみせる結構が面白い。短編ゆえか、最近の石持作品では定番のエロは抜きで、実直にロジックのみで構築された一編です。
「三大欲求(無修正版)」は、モテ男を気取ったオタク野郎の妄想トークがマシンガンのように延々と続くという悪夢的な構成で、とある出来事をきっかけに現実の女にホの字となった妄想君が彼女にマジなアプローチを行うのだが、……という話。最後の鬼畜でブラックなオチにはニヤニヤできるものの、オタクが饒舌に呟いてみせる妄想のディテールをジックリと味わった方が愉しめるような気がします。
「三猿ゲーム」は、意外や意外、もしかしたら乾氏の作品に次いで個人的には愉しめた一編で(苦笑)、例によって奇怪なゲームに巻き込まれてしまった連中がどうにかして窮地を脱出しようとするのだが、――という話。件のゲームはかくれんぼとシンプルながら、「三猿」というタイトルに暗示されている「あること」を参加者に強いているところがミソ。この状況下において主導権を握った人物の設定が秀逸で、キャラと役割の振り方を最後のシンプルな真相へと繋げてみせた趣向が見事です。
全ての作品を「魅力的な謎」を凝らした本格ミステリとして読むのにはやや無理があるものの、謎解きとその展開に魅力を添えたものとしては、乾氏や石持氏、そして矢野氏の作品が印象に残りました。個人的には、暗号小説の新たな傑作「≪せうえうか≫の秘密」が読めただけでも大満足、という一冊です。オススメでしょう。