傑作。「第2回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」受賞作。第一回受賞作である「玻璃の家」が御大の提唱する二十一世紀本格だとしたら、こちらは選評でも述べられている通り、「都市のトパーズ」や「大根奇聞」といった、読者の情感をイッパイに刺激する逸品で、個人的には堪能しました。ただ、これを本格ミステリとして読む場合にはいささか注意が必要ともいえる風格でもあり、このあたりについては後述します。
物語を簡単にまとめると、認知症の婆さんには戦争中、猟奇殺人を行ったとの噂があり、その冤罪を晴らすため探偵役のヒロインが奔走する、――という話。噂が一人歩きして、殺人者のトンデモ婆というレッテルを貼られてしまったバアさんの受難がヒロインの探偵的行為とともに解明されていく展開は、これまた御大の指摘通り、ともすれば作者の登場人物に対する思い入れが強すぎていささか辟易としてしまうところもあるとはいえ、本格ミステリとしての骨格は実をいうと非常にシンプル。
冤罪を晴らすという前提があり、疑惑の事件を調べていくにつれ、目撃証言の矛盾からそのコロシそのものが不可能犯罪へと転化していくという結構で、探偵は物語の中盤に、早くも婆さんが成し遂げたトンデモない行為の真相にある種のひらめきをもってたどり着いてしまいます。その後は、果たしてこんなトンデモないことが可能なのか、という裏付け調査を行う、――という流れゆえ、謎そのものの樣態も不可能趣味を大きく前面に押し出したものではなく、むしろアリバイ崩しにも似た、実直な調査を積み重ねていくという風格を「本格ミステリ」として愉しむ場合にどう読むか、というあたりで評価が分かれるような気がします。
もちろん冒頭に、婆さんが生首を手にしてケタケタ笑っていたという、殺人者の汚名をかぶせられるにいたったシーンがシッカリと描かれているし、このあたりは目撃証言などとも一致も見せるゆえ、とにかく件の婆さんがトンデモないことをしでかしたことは作中では事実として認めなければいけないものながら、これを冤罪事件として見た場合は話が別。
不可能趣味溢れる婆さんのトンデモない行為が本作一番の目玉だとしても、こちらは上にも述べた通り、アリバイ崩しもののような趣向で描かれていくゆえ、本格ミステリが志向する、ロジックを主軸に据えた謎解きとしての愉しみどころはやや薄めながら、本作ではこの周辺に、もしこれが婆さんの仕業でないのだとしたら真犯人は誰なのか、そして死者からの手紙を送っていたものの正体は、さらに婆さんが生首を持って徘徊するまでの間にいったい何があったのか、そして密、――室といった謎を凝らして読者を惹きつけていきます。
本丸のトリックを本格ミステリとして定番の、後段における謎解きによって明らかにせず、敢えてアリバイ崩しもののような実直な展開で描き出した風格がやや意見が分かれるところでは、と感じながらも、探偵がたどり着いたこの事実を「証明」するところにトンデモない見せ場を仕掛けたところが秀逸で、ここに大戰と阪神大震災を重ね合わせた趣向も素晴らしい。
このあたりは、確かに御大も指摘する通りに「都市のトパーズ」を彷彿とさせる盛り上がりを見せ、それを謎解きのシーンと平行して真犯人の登場によって事件の構図を解き明かすという見せ方もいい。
しかし自分がもっとも本作でグッときたのは、この真相開示によって、真犯人は勿論、件の婆さんを毛嫌いしているように見えた息子の心の機微を細やかに描き出しているところでありまして、特に真犯人の正体については、ある会話にちよっとした違和感を添えて非常に大胆なかたちで伏線を張っており、それが探偵の口から明かされることによって、婆さんの隠された心情を描き出したところもいい。
また、真犯人の行いにも、善悪といったハッキリと割り切れるような答えを用意しているわけでもなく、時代背景とも相俟ってかなり含みを持たせた真相となっているところにも注目でしょうか。婆さんのアリバイに関しては非常に大胆な着想を持って物語を構築し、それを謎の中軸に据えて物語をドライブさせていく展開を見せながらも、それを終盤のロジックに託すことなく、実直な調査によって裏取りを行い、最後の最後に過去と現実とを重ねて件の破天荒な行いを証明してみせるというドラマチックな見せ方は鮮やかで、この後半に活写された怒濤の展開だけでも二重丸という出來映えです。
御大も選評で語っている読みにくさについては、確かに人物描写の視点などにも揺らぎがあり、文体もやや堅さを残したものながら、物語の骨格は上にも述べた通り非常にシンプルで、本丸の謎となる婆さんの不可能行為についても、最後の謎解きで精緻なロジックを積み重ねてそれを明らかにするというような本格ミステリファン好みの風格とはやや趣を異にするため、むしろ本作はあまり本格ミステリの謎解きに慣れていない一般読者にも比較的に容易に讀みこなすことができる一冊といえるのではないでしょうか。オススメ、でしょう。