式貴士といってもミステリ好きでも知らない人がほとんどでしょうねえ。角川文庫から出ていたいくつかの作品の名前を聞いたことがあるかもしれません。
「カンタン刑」とか「イースター菌」とか角川文庫は全滅状態。そんななか出版藝術社から出ているこの本は現在唯一手に入るベスト集。収録されているのはほとんど角川文庫版からの収録ですけども、後ろの方にある單行本未收録四作に惹かれて買ってしまいました。
吃驚したのが、ジャケについている帶の推薦文を宮部みゆきが書いているということ。しかしちょっとこの推薦文はいただけない。
この本を手に取る讀者の皆樣に、これは警告です。どうぞ、明るい場所で讀んでください。どうぞ、人のたくさんいる場所で讀んでください。それでも、ひとたびぺージをめくれば、あたりが真っ暗闇になったように感じることでしょう。……本當に怖い話とは、そういうものです。
いやあ、怖い話といっていますけど、この作者の持ち味はどちらかというと筒井康隆や小松左京の短篇、……つまりあの時代のSFのごとき奇妙な味にありまして、本當に怖い話というのは少ないです。奇妙な話に獨特のバットテイストと、不釣り合いなセンチメンタリズムがこの作者の強烈な個性でありまして、「涸いた子宮」「肉の蝶」ともにその発想は同じ乍らも、突然の出會いがグロテスクな結末で一氣に碎け散ってしまうあたり、B級映畫のような雰圍氣が良いんですよねえ。分かる人には分かると思います。
また代表作の「カンタン刑」はとにかくゴキブリネタの小説ということで話題に上る怪作ですけども、とにかくこれでもかというくらいにイヤ感あふれる拷問方法を詰め込んで、一本の小説に仕上げてしまう力業がいい。しかしもっともイヤ感を堪能出來るといえば、最後の「鉄輪の舞」でしょう。平山夢明の「東京伝説」のごときグロとイヤーな結末が好きな人には堪らない一品であります。
「首吊り三味線」は少しばかり文体を古めにすれば、夢野久作の作品としても通用しそうな「語り」が光るグロテスクな一作。これも確か何かのアンソロジーに収録されていたような記憶があります。
このような眉をひそめてしまうような作品がある一方で、「海の墓」のような中井英夫っぽい幻想的な短篇をものにしてしまうあたり、この作者の抽斗の多さに感心してしまいます。
そういうわけで、この作品集にも、二作の奇妙なミステリ作品が収録されています。おっと、この二作について書く前に、式貴士という作家とミステリの關わりについて少しばかり説明しておかなくてはいけませんよねえ。
ミステリ好きのひとには式貴士といってもサッパリでしょうけども、間羊太郎という名前、聞いたことがある人もいるのではないでしょうか。現代教養文庫から出ている「ミステリ百科事典」の作者でありまして、実は作者、三つの筆名を持つ作家なのです。ひとつはSFを発表していた式貴士、そしてミステリの間羊太郎、最後に蘭光生。綺羅光あたりが好きで、初期のフランス書院のSM小説なんかを知っている世代であればこの名前、聞いたことがある筈です。
さて、本作に収録されているミステリは、「面影抄」と「夢の子供」の二作。しかしどちらも惜しい!という感じで、今ひとつ印象に残る話じゃないんですよねえ。斬新なのは「面影抄」の方で、足跡のない死体がテーマなんですけども、幽靈が犯行を思い返したり、最後にいくつかの推理にすえに事件が反転を繰り返したりといった作風は、連城を思わせるのですけども、どうにもうまくまとまったかんじがしなくて、本當に殘念な一作。
しかし幻影城の島崎博氏が編集していた同人誌「みすてりい」に発表された作品でありますから、一定の水準は勿論滿たしています。この斬新な作風は今でこそ當たり前でしょうけども、幻影城出ていない當事は吃驚したでしょうねえ。もうひとつの「夢の子供」も犯行方法がほとんどバカミスなんですけども、小説としての結構はこちらの方がうまくまとまっています。