傑作、というか怪作。セツエンといっても節煙じゃなくって、……っていう判る人にしか判らないネタは置いといて(爆)、タイトルにもある通りに冤罪に死刑廃止という重すぎるテーマをタップリ盛り込んだ一冊ゆえ、必然的に物語は重厚な展開に、――と思いきや、出てくる登場人物のいずれもが熱くて熱くて読んでるこちらが思わず火傷しそうなほどに熱っぽい調子で語りかけるという演劇フウな台詞回しに中盤の意想外な展開、さらには後半に爆発するどんでん返しの乱れ撃ちなど、社会派のレッテルを放擲したかのような過剰さに、こんな破格な作品に横溝賞をあげちゃっていいノ? と吃驚してしまいました。
物語は、その昔京都で発生した残虐な殺人事件の犯人として逮捕されたボーイに死刑が確定、息子の冤罪を晴らすために親父が地道な運動を続けるなか、事件の被害者である娘っ子との出逢いがあり、そこへ事件の真犯人を名乗る「メロス」なる人物が登場し、……という話。
これが普通の冤罪をテーマにしたミステリであれば、最後にこの「メロス」の正体が明かされ、件の冤罪ボーイの無実が立証されてめでたしメデタシ、となるところを、本作ではそうした定番をマッタク無視して、中盤には何とも吃驚するような展開が待ち受けています。
このあと、「メロス」に続いて、「ディオニス」なる輩まで登場して、過去の事件の真相と二人の怪しい人物の正体が探られていくのですけど、演劇に絡めて盛り上がる後半は、最後のどんでん返しの連打のシーンも交えてこれまたフツーの社会派とはとうてい認められないような素晴らしいハジケぶりで魅せてくれます。
最後に捨てられる事件の構図も、石持ワールドの風味アリ、西澤芦辺フウの構図の反転アリと横溝賞受賞作や社会派というよりは、どうしたって現代本格的な評価軸で絶賛したくなるようなやりすぎぶりが素晴らしい。
ロートルの自分としては乱歩横溝賞というと、やはり一つの事件に一つのトリックというようなミステリとしてはいたってシンプルな結構の作品をイメージしてしまうのですけど、本作の場合、事件は猟奇的ながら、その様態に複雑怪奇な趣は皆無。むしろ「メロス」や「ディオニス」を登場させてハウダニットの視点から過去の事件を洗い出していくという結構に、中盤でアレしてしまう冤罪死刑廃止を主題にした本作の中では最重要人物ともいえる駒をフックにし、現代本格の真髄ともいえるある技法を駆使して事件の構図を明らかにしていく展開が秀逸です。
以下、ちょっとネタバレなので、文字反転。
本作を現代本格的な「操り」の作品として見た場合、「操り」の首謀者が途中で亡くなり、さながらその自らの死によって「操り」が開始されるという趣向が一番の見所でしょうか。そしてこの首謀者が最後に流す泪の意味を、「操られる」側にいる人間はまったく違う意味にとらえてしまうのですが、それに関しては、本作のテーマが「冤罪」であるからこそこの誤導が機能するような仕掛けになっているところも見逃せません。
最後の方である人物が首謀者であったと告白して、石持ワールドチックな捻れを開陳してみせるのですが、この人物のこうした突拍子のない行動もまた中盤で亡くなってしまった首謀者の操りの結果とはいえ、こうしたある種のドタバタ劇にもとられかねない後半のどんでん返しとは対照的に、最後の最後の最後に「あるもの」に書かれてあった真相の苦さがまた何ともいえない重さを残します。
真の首謀者がもっとも心を置いていたある人物がこの真相を知ることでどうなるのか、という含みを持たせて、後半のドタバタ劇を冤罪と死刑廃止という重厚なテーマを基軸にした物語へと回帰させる幕引きも見事ながら、しかし出てくる人物の皆がみな、とにかく熱くてアツくて、読んでいるこちらとしては苦笑してしまうことしきり、……確かに冤罪と死刑廃止を一括して問題提起を行うような安易な方向を捨ててしまった以上、様々な人物の様々な意見を盛り込む必要があったとはいえ、その過剰さは普通に良い小説という範疇からは完全に逸脱してしまっているように感じられます。しかし、本格読みとしてはこうした過剰さが寧ろ微笑ましくも感じられてしまう譯で、このあたりは好みカモしれません。
重厚なテーマに、予定調和を拒否した物語展開、さらには後半のどう見たってやりすぎとしか思えないどんでん返しの大盤振る舞い、さらには社会派というよりは現代本格に近接したある技法の用い方、見せ方など、そのコッテリぶりはどう見たってフツーにうまくまとまった作品を愛でてやまない横溝賞のファンからは拒絶反応もあったりして、……なんてことを考えてしまうのですけど、社会派を装いながらもここまで過剰な小説というのはここ最近では珍しいのではないでしょうか。
そうした意味でも本作が受賞し、「僕と『彼女』の首なし死体」が優秀賞を獲った今回の横溝賞は何だか凄かったんだなア、と感心至極。作者には下手に小さくまとまらず、次作では後半に大爆発させたやり過ぎぶりをさらに極めて、本作以上の怪作をものにしてもらいたいと思います。