素晴らしい。確かに「幽怪談文学短編部門大賞」を受賞した表題作もうまいのですけど、他の収録作はこれを遙かに上回る出来映えで、「怪談」と銘打ちながらも旧き良き時代の「探偵小説」として愉しめた作品もあったりと、非常に美味しい一冊です。
収録作は、多淫多情の語り手が、奇妙なかたちで幽霊となって目の前に現れた男の過去を情念語りで繙いていく表題作「枯骨の恋」、中年オンナがイヤっぽい女の友情の裂け目から怪異を覗き見る「親指地蔵」、ミステリ的な展開のなかに「怪異」の隠蔽という技法がぞっとする怖さを際立たせる「翼をください」。
スラップスティックのようなドタバタ語りで中年オンナの過酷なリアルを描きつつ、意想外な形で怪異の現出へと帰着する「GMS」、実話怪談的な怪異語りから立ち上る怖さが聞き手の心の隙間を直撃する結構が秀逸な「棘の道」、陰湿なイジメによって自殺した同僚の恨みを晴らすべく裁判をブチあげようと、同僚の母を訪ねていった語り手を襲う怪異と恐怖をミステリ的な仕掛けに絡めて大展開させた傑作「アブレバチ」、幽霊未満の優しい怪異の正体に極上の癒しを添えた、収録作中唯一ほッと出來る美しき一編「メモリィ」の全七編。
全七編、まさに捨てるものナシというほどに極上の短編が詰め込まれた一冊で、お腹イッパイの読後感は「幽」ものでいうと宇佐美氏の処女作「るんびにの子供」に並ぶほどの充実度。
「幽怪談文学短編部門大賞」を受賞した表題作「枯骨の恋」は、東氏も述べている通り、志麻子姐の風格にも通じるオンナの情念が文体行間に溢れる一編ながら、怪異の添え方はそうした語り手のリアルとは対照的にアッサリ風味であるところが面白い。
昔の男が死んじゃってそのあと幽霊になって部屋ン中に現れる、――といっても、出てきた姿は人体標本模型のような骸骨君。蛆虫で溢れかえった口許を歪ませて恨みの眼差しでこちらをボーッと睨んでいたりもすれば、あァ怖いなア気持ち悪いなア、ということになるんですけど、何しろ髑髏顔でヌボーッと突っ立っているだけでは何を訴えているのかも皆目分からない。
そこで語り手は男の過去を語っていくのですが、この男というのが、表見は地元のワル、みたいな雰囲気ながら、その内実はとにかく他人の目を気にする気配り君で、それゆえに神経を病んでしまうという、リアルでもちょっとイタい話が淡々と描かれていきます。
この語り手がとにかくエッチしたいだけみたいなバカ男につきまとわれる現実をそこへ重ねて、最後に怪異があの世とこの世の境界を飛び越えてこちらに迫ってくるという幕引きながら、ちょっとアッサリ過ぎるところは評価が分かれるかもしれません。ただ、この作品の場合、東氏がいうところの怪談の真髄である「現実と異界のおぼろげな境界」が語り手の内部にあるところがミソで、彼女の前にヌボーッと出てくる骸骨の幽霊だって、その姿は顔も判らないゆえ、果たして本当に元カレの幽霊なのかだって甚だ怪しく、最後の二行もまた「怪異の消失」ととらえるべきなのか、「おぼろげな境界」を超えて怪異がこちら側にやってきたのか、――そのあたりはあくまで読者の判断に委ねられているという讀み方も可能のような気がするのですが、いかがでしょう。
「親指地蔵」は、語り手の辛すぎるリアルが痛々しく、このリアルな「怖さ」がまた、「幽霊に取り殺される」怪異よりも、「会社でリストラにあった挙げ句、ホームレスになってのたれ死ぬまで生かされる」というリアルの方が遙かに切実で「怖い」という現実を反映した物語の舞台に、中年オンナ三人のイヤーな友情がネチっこい筆致も交えて描かれていきます。
仲の良い友達が心を病んでしまったようで、語り手はその彼女の家を訪ねていくのですが、このときから怪異はすでにチラチラと姿を見せています。しかし心を病んだオンナという煙幕が、それを怪異なのかサイコなのか読者を気取らせないような効果をあげており、水子や賽の河原といったレトロ怪談なアイテムと、リストラからホームレスという語り手にとってはリアルな「怖さ」が怪異の現出によって連結するという後半の展開がいい。
そしてタイトルにもなっている「地蔵」の呪いなのか、はたまた、……というふうな含みを持たせた怪異の実相を読者に委ねた描き方とともに、何となーく「いい話」っぽいフレーバーをきかせた幕引きなど、リアルに根ざした「怖さ」と怪異のコンボが素晴らしい効果を上げている一編でしょう。
「翼をください」は、「怪異」の描き方に注目してそのうまさを味わいたい一編で、年の離れた仲良し姉妹の妹を語り手に、壯絶死を遂げた母のことと姉のリアルが淡々と描かれていきます。一讀するとマッタク怪異も何もないフウに話が流れていきながらも、母の壯絶死に隠されたある真相が明らかにされたまさにその瞬間、冒頭にさりげなく描かれたあるものがぞーっとする怪異であったことが明かされるという結構が素晴らしい。この「怪異」を除けば、よくできたミステリとしても通用しそうな一編ながら、真相開示というミステリ的な趣向と「怪異」の隠蔽という構成によって恐ろしさを喚起する仕掛けに作者の凄みを見せつけられたような気がします。
「棘の道」は聞き手がすぐそばにいることを前提に語り手が饒舌に話しまくるという一編で、ここでも聞き手側を隠した結構が素晴らしい効果をあげています。陳腐な実話怪談フウの怪異がくだけた語りによって綴られていくと、ある真相の開示によって怪異の向かうべき方向が急旋回して「こちら側」を襲ってくるという構成は痛快です。これまた考え抜かれた技巧と構成の勝利という点で、「翼をください」と同様、本格ミステリ讀みとして非常に印象に残る一編でした。
「翼をください」「棘の道」はフツーの短編の長さながら、こうした本格ミステリにも通じる技巧を大量投入して、語り手の視点に読者の意識を重ねつつ、どんでん返し的なフックによって読み手を翻弄してみせた傑作が「アブレバチ」。
ここにも「親指地蔵」などと同様、語り手の辛いリアルがあって、それが語り手をある行動へと駆り立てるきっかけにもなっているのですが、最後に明らかにされるアレは現代本格では定番ともいえるアレであったことにはかなり吃驚してしまいました。
会社でひどいイジメを受けていた田舎娘が自殺してしまうと、職場の元先輩でもある彼女にはそうしたリアルの事情もあって、田舎娘の母親に訴訟をけしかけようと彼女の実家を訪ねるのだが、――という話。
最初は非常にさりげなく、淡々と流れていく語り手と母親の会話が、次第に歪みと捻れを見せていく構成がうまい。バブル崩壊と村の歴史とを重ね合わせながらタイトルにもなっている「アブレバチ」の意味が明かされていくところだけでも、その凄絶さにゾーッとなってしまうのですけど、語り手が見た怪異の様態が行き着いた先は、……リアルの怖さと異界から立ち上る恐ろしさを融合したイヤ怖過ぎる幕引きは収録作中、ピカ一でしょう。
また語りのうまさと流れるような筆致にも注目で、この「アブレバチ」だけは讀了したあと、すぐさま最初に戻って朗読してしまいました。実際に声に出して読んでみると、その構成のうまさから、後半の転調も交えた物語の進め方など、まさに現代怪談のお手本ともいえる本編の妙味が感じられることと思います。
「メモリィ」は、表題作にも通じる、幽霊とはやや異なる怪異の描き方にうまさを見せた一編で、裏路地の喫茶店で語り手が目にした奇妙な「幽霊」の正体が癒やしへと昇華されるという、現代小説においてはもはや必須ともいる癒やしの要素を加味した「いい話」。
宇佐美氏の場合、ミステリ的な趣向も添えた構成のなかへ転調を組み込んで読者をはっとさせる技法が光るわけですけど、本作の岡部氏の場合、物語は流れるように進み、最後にあるものが伏線となっていたことでゾーッとなる、……というようなかんじです。そして、そうした技巧が見事な達成度を見せているのが、「翼をください」や「棘の道」でしょうか。
ミステリ読みとしては、「翼をください」と「アブレバチ」だけでも即買いの一冊で、これまた次作が大期待出來る怪談作家の誕生、といえるのではないでしょうか。オススメ、でしょう。