本格ミステリとしての極上の謎を配した四つの物語を入れ子にした一冊で、大いに堪能しました。ただ、人によってはこの物語の「凄み」にあまりピンと来ない人もいるやもしれません。このあたりは後述します。
物語は三部に分かれており、第一部では皇帝の側近が殺されたという事件に絡めて「禁書」の曰くが語られ、第二部において禁断の書物に綴られた奇譚を開陳、そして最後の第三部で四つの物語の背景から現実の殺人事件の犯人を推理していく、――という結構です。
しかし何といっても本作の見所は第二部で語られる奇譚でありまして、これがまた柄刀氏がジャケ帯で述べている通りの「ここはチェスタトンの大地か……!」と吃驚してしまうほどのゴージャスさ。
「神国崩壞」では、水ン中に罪人をドボンと入れて生死を見るという、中世魔女狩りでは定番ともいえる方法に絡めた謎が提示されます。そのあるものは生き殘り、あるものは死んでしまうという神の審判において、その仕分けはどのようにして行われているのか、――という話。この水に何かあるナ、というのはド素人でも容易に察することができるし、実際、この逸話の前半にさりげなく語られたあるブツが大いに関わっているであろうことはたやすく言い当てることが出来るものの、本丸の謎はその後の「仕分け」にありまして、この「仕分け」を成立させるための細やかな仕込みの技法に注目でしょう。まさか乱歩がニヤニヤしてしまうようなアレがまさかこのためにあったのか、という真相には膝を打ってしまいました。
ただ、この表題作ともいえる「生死を司る水」はまだまだ入門編ともいうべき易しさでありまして、本格ミステリならではの壯大な奇想が炸裂するのは、その後の「マテンドーラの戦い」から。そのバカミス的奇想というか、「浮遊封館」や「十三回忌」といった怪作の系譜に連なる非情と非常識を極めた眞相には完全に口アングリ、でありました。
短編サイズの物語ながら、高い樹に突き刺さった死体から、高い城壁をすり拔ける軍隊といった壯大な謎の樣態が、架空の王朝を舞台にした物語世界と高い親和性を見せているところが素晴らしく、どう考えたって常識ではありえないという眞相ながら、ファンタジー的な物語世界だからこそ、その恐るべき情景が強度のリアリティをもって迫ってきます。また含みをもたせた幕引きも美しく、この「マテンドーラの戦い」の奇想に酔うためだけでも本作は「買い」ではないかと思える一編です。
「輦の誕生」はその冒頭に、
この物語の内容を端的に記すならば――。
孤島に十人の男女が集まり、その中から一人だけが静観する話ということになるであろうか。
とある通りに、コード型本格の形式をトレースしているように思わせながら、ここでは「禁書」の中の一編であることを意識した「探偵」の宿業が非情な結末へと帰結する結構が秀逸です。もちろんここでもコード型本格らしいトリックが鏤められていてマニアを愉しませてはくれるものの、この前の「マテンドーラ」の幻想的な謎と奇想、そしてその非情な眞相にノックアウトされてしまった直後ゆえ、ややおとなしめにら感じられます。
しかし、この「輦」でのしとやかさのあと、続く「帝国擾乱」でまた「マテンドーラ」にも勝るとも劣らない奇想が炸裂します。砂漠で都市が消失とあるからにはおそらくアレだろう、と踏んでいると、「探偵」がそうした読者の思惑を見透かすかのようにアッサリとそのネタを割ってしまったところで唖然としていると、眞相はこれまた本格ミステリならではの異様さを極めたもので、これを「探偵」のもくろみと宗教的熱狂に絡めて、眞相開示の情景を壯絶な幻想繪畫へと昇華させた幕引きが見事に決まっています。
第二部の四編が、架空の王朝繪卷として非常に完成されているため、これが入れ子の中だということをスッカリ忘れて「ドグラ・マグラ」状態になっていると、第三部からはこの四編の奇譚を手がかりにリアルの殺人事件の謎解きへと流れていきます。ここでも四編の物語で「語られていたこと」と「語られていなかったこと」を推理によってつなぎ合わせていきながら、その背後に隱されていた事柄を解き明かしていくという結構が綺麗にまとまってい、――とはいうものの、第二部の物語があまりに鮮烈な衝撃を伴っていたため、キャピキャピしたギャル娘の会話も交えて進む推理に頭が少しばかり追いついていかなったのもまた事実(苦笑)。
本作の場合、第二部で語られる奇譚が、架空の王朝絵巻として素晴らしい完成度を見せているゆえ、本格ミステリ的な結構を鑑みれば、物語世界の「リアル」に生じた亀裂から吹き出してくる「謎」が物語のなかに融和してしまっています。こうした物語世界に対する「謎」の親和性の高さゆえに、「謎」そのものが物語の中で「違和」として作用していないふうにも見えてしまうゆえ、人によってはこの奇譚のなかで提示される謎の樣態にそれほどの驚きを感じられないかもしれません。
「マテンドーラ」と「帝国擾乱」で提示される謎は、本格ミステリとしては特上の出來映えゆえ、そういう方はひとまずこの謎「そのもの」を物語世界から切り離して咀嚼したのち、眞相として立ち現れる情景に目を凝らしてみることをオススメしたいと思います。さすれば、「帝国擾乱」の眞相を描き出した幕引きの壯絶シーンや、「マテンドーラ」で開陳される惡夢のごとき情景は、壯大な幻想絵画へと變じるに違いありません。
まさにミステリー・リーグでしかできないでしょ、こんなことッ、というほどのトンデモな奇想が炸裂する一冊で、特に「十三回忌」や「浮遊封館」の奇想とありえない眞相が好みな人には強くオススメしたいと思います。