大明神、怒濤の第四弾。何でも講談社ノベルズのサイトで担当者氏曰く、「今回はミステリしてます……と汀氏はおっしゃっていました。どうぞご期待ください」とのこと。しかし、前作はホラーとかいっておいて全然ホラーではなく、単なるクズミスだったことを考えると、今回も眉に唾をつけてかかる必要がある譯ですけども、結論からいうと今回ばかりは大明神の言葉に偽りはなく、かなりマトモにミステリしています、――というか、驚くなかれ、デビュー作の勢いにまで戻っていますよ。これだったら、クズミスではなく、フツーのミステリとしても愉しめる人もいるのではないでしょうか。
物語は、双子の片割れがお魚の展示会にやってくるや、奇妙な毒殺事件が發生、さらにその現場からこの片割れは誘拐されてしまう。果たして誘拐の目的は、そして毒殺事件の犯人は、――という話。
このタナトス・シリーズが處女作を除いてことごとくクズミスへと堕ちてしまっている理由を考えるに、やはりこれは作者の魚好きが昂じて、登場人物の皆が皆、お魚ワールドに閉じこもってしまって勝手気ままに戯れ言をグタグタと垂れ流すというアレ過ぎる結構ゆえ、お魚にたいして關心のない読者は完全に置き去りにされてしまうという風格が原因ではないかと、個人的には感じているのですが如何でしょう。
要するに、読者の側に立って物語を眺める登場人物がマッタク不在なため、こうなると物語は完全に作者の趣味嗜好「のみ」で突っ走ってしまう譯で、このあたりをキチンと軌道修正することなく大明神が暴走してしまったところがなきにしもあらず、――というところが前作までの個人的な感想だったりするわけですが、本作では、前半で早々に毒殺事件が發生し、そのあと双子の片割れが誘拐されてしまうというテンポの良さで、序盤から物語をうまく転がしていくとろこがまず見事。事件がなかなか起こらずにグタグタになってしまうという前作までの缺点を見事に克服しています。
この誘拐事件が発生するまでは極力、件のお魚談義を封印してみせているストイックさは、これって本当に大明神が書いたの? みたいに訝ってしまうほどの意外過ぎるところでありまして、このあと誘拐事件の犯人を相手に双子の片割れが、お魚談義からお経から世界の摂理だの、そうした戯れ言を例によってカマしていくのですけども、ここでは事件前のストイックさと對處させてメリハリをつけているところも秀逸です。
本作における誘拐事件の犯人は、この双子の片割れがどんな人物なのかをマッタク知らないチーマー崩れのアンポンタンでありまして、それゆえに前作までのように、登場人物が揃いも揃って「タナトスすげー」みたいな大合唱へと物語が堕ちることはありません。とはいえ、戯れ言が凝らされているところはこのシリーズのお約束ながら、本作では誘拐犯たちに戯れ言を喋り散らすという展開が、後半の大きな仕掛けへと絡んでいるところが素晴らしい。
この趣向は處女作にも通じるもので、誘拐犯という「タナトス世界」の外部にいる人物を双子の片割れと対置させつつ、主要メンバーたちと完全に切り離したところを舞台に据えて事件を展開させていくという狙いが見事な効果を上げています。
とはいえ、誘拐事件に仕掛けられた事件の構図の隠蔽に注力したあまり、後半の推理に至るまで件の毒殺事件は完全に忘れられてしまっているという隙の甘さはあるものの、最後にタナトスを中心に据えて大展開させる現代本格では定番の技法と、それによって明らかにされる事件の構図の歪みは秀逸で、特に前者においては、このシリーズならではのある種の非情を添えてみせたところも好印象。
謎解きに関していえば、強度のアレを駆使しながら、事件の関係者の思惑が炙り出されていく展開がキモで、これによって一件すると不連續に見えていた毒殺事件と誘拐事件が連關していく見せ方もなかなかのもの。さらには栗きんとんの小佐内タンほどではないものの、あれだけカマトトぶっていた探偵が完全に上から目線となって、アレを用いて犯人を煙に巻いていくさまはなかなかに愉しめました。
それと、今回は寒いギャグがあまりすべっていないところも好ましく、「山手線の駅名を全部言える子供と同じ匂いがする」とか「さかなクン」ネタなど、魚ネタのおまけに添えられている小ネタも個人的には面白く、確かに事件の様態は小粒ではあるものの、大事件や大トリックをこのシリーズに期待する方が野暮というもので、これはこれでいいような気がします。
という譯で、またどうせクズミスだろと思っていた自分としては、本作の仕上がりは正直、かなり意外でありました。次作もこれくらいの勢いを維持してくれれば、と大明神には期待してしまうものの、前作はホラーでその評判が今ひとつだったので原点回帰とばかりに今回はまたまたミステリに、……という日和見主義の大明神ゆえ、果たしてどうなるのかチと不安ではあります。
またダメミスからの脱却をはかったとはいえ、誘拐犯の名前がシドだのタクだの、今や短編の名手からダメミスの貴公子へと身を堕とした蒼井氏をリスペクトするかのように、いちいちカタカナ表記にしてみせるあたりに、未だダメミスへの未練もあるのかナと思わせたりと、まだまだ予断を許さない状況ではありますが、処女作を讀んで気に入ったから二作目、三作目と付き合ってはみたもののそのあまりのダメミスぶりに前作で大明神を見捨てた、という方も今一度本作を手にとっていただき再評価していただければと思う次第です。
逆にいうと、ミステリはやはりクズでなきゃ、と鼻毛をむしりながらグフグフと「まごころを、君に」を愉しめた病的なマニアからすると、処女作同様、現代本格の趣向を取り入れた本作はあまり好みではないカモしれません。というわけで、大明神の処女作が面白かったという方にのみオススメしたいと思います。