これは素晴らしい。第40回メフィスト賞受賞作で、講談社ノベルズのサイトにおける大プッシュの様子からかなり面白い小説であろうことは予想出來たものの、ジャケ裏のある作者のコメントには「もし双子の兄弟がいたら」なんていうフウに書いてあったものですから、その「双子」という言葉に思わず大明神の悪夢を思い出してしまって讀み始める前はちょっと鬱(爆)、しかし実際は鷹揚な探偵小説から現代本格、伝奇的要素からキャラ萌えと、多くのメフィストファンを満足させ得る全方位的な作風で、非常に堪能しました。
ノベルズのサイトに担当編集者氏が述べている通り、本作ではまずその世界観に注目で、昭和初期を感じさせるどこか古雅な雰囲気漂う舞台に、「ヒトデナシ」なる異形の存在を配して探偵対怪人を軸にした本格ミステリを展開させるという物語。
鉄道王の娘を異形の怪盗「無貌」から守るために雇われたニヒリスト探偵にヒョンなことから助手(臨時雇い)となったボーイが主人公ながら、「探偵」小説としてはもっとも活躍するべき件の探偵は宿敵「無貌」から顔を奪われてしまったゆえに大スランプ中。一応依頼は受けてみたものの、コロシが発生してもソッチは警察に任せておけばいい、とか、とにかくやることなすこと投げやりというか諦観の塊ゆえ、乱歩を彷彿とさせる探偵対怪人のド派手な対決をイメージしていた原理主義者はこのあたりでやや肩すかしを喰らってしまうカモしれません。
しかし本作が秀逸なのは、こうした探偵の絶望と諦観、さらには主人公であるボーイの心の疵を逸話の中で明らかにしながら、それを件の大事件に絡めて、探偵の復活とボーイの成長譚へと見事に昇華させてしまったところにありまして、作者である望月氏はこの「ヒトデナシ」なる物語世界の設定に關して、「表向きは作品の幻想味を増すための設定、ぶっちゃけると非現実的トリックを堂々とやるためのネタ」と軽く流してはいるものの、その実、この設定から生まれる様々なエピソードは事件の当事者である鉄道王「家族」の構図に隠された悲哀と主人公であるボーイの成長を交差させるための重要な要素となっているところにも注目でしょう。
上にも引用した通り、本作では「非現実トリック」なるものが、この「ヒトデナシ」という独自の設定によって機能している譯ですけども、「非現実」とはいえ、そのトリックの趣向も見事で、このあたりを多く語るとネタバレになってしまえゆえ簡単に言及すると、例えば鉄道王の一族に憑依していると思しきあるヒトデナシの機能が中盤以降の推理によって見事な反轉を見せ、それがある人物の不可解な動作と呼応してみせるところや、タイトルにもなっている無貌のほか、一族の前に現れる不可解な影の存在や包帯男という怪人など、複数の怪人物や怪異を凝らしてみせることで、それらが絶妙なレッドヘリングとしての作用を見せるとともに、最後に明らかにされる事件の構図を見事な一枚の絵図へと組み上げる盤石な伏線へと転化される結構など、ミステリとしての技巧は「非現実」どころか非常に実直であるところにも惹かれました。
殺人事件そのものを大きな謎として物語の中心に据えるのではなく、ヒトデナシという怪異の存在を次第に明らかにしていきながら、それらを鉄道王一族の過去に発生した事件や現在進行形で展開される様々な怪異に絡めていくところなど、「ヒトデナシ」という異形の設定が生半可なものではなく、本格ミステリとしての謎とシッカリ呼応して謎―推理の物語の中で機能しているところも好印象。
鉄道王一族の悲劇を描き出すことで、「家族」というテーマを浮かび上がらせ、それを主人公であるボーイの成長譚と照応させる結構が見事なのは上に述べた通りなのですけども、探偵対怪人という懐かしの探偵小説的世界観をそのままトレースすることなく、本作ではそうした過去の「おめでたい」探偵像を斜めに構えて見せることで、探偵に暗い宿業を背負わせるという設定もいい。
ジャケ帯の裏には、
森博嗣、西尾維新、辻村深月らを輩出したメフィスト賞が新たに世に問う新星登場!!
と三人のメフィスト賞作家の名前が挙げられているのですけど、それぞれの登場人物における輪郭の明確な人物造詣や、しっかりと構築された世界観から本格ミステリ的な物語によって家族のありかたを描き出す手法、「ヒトデナシ」という独創的な設定によって怪異を添えた謎をつくりだす手際など、個人的には本作、寧ろ京極夏彦氏に近いのではないかな、なんて気もしました。
本作がメフィスト賞作品として優れているのは、冒頭にも述べた通り、その全方位的な風格でありまして、昭和初期を彷彿とさせる独自の物語世界に探偵対怪人といった鷹揚な探偵小説の流れを体現してみせたところは、ひとまずオジサンのミステリファンにもアピールすることが出來るであろうし、主人公であるボーイやトラウマとニヒリズムを抱えた探偵の造詣など、そのキャラ立ちした作風はまたYA!世代にも魅力的に映るのではないでしょうか。さらには、「ヒトデナシ」というユニークな設定によって怪異を添えた謎を構築してみせるところや、その設定の独創性を活かして謎の様態にさまざまな反轉を仕掛けてみせる技法、さらには推理によって家族の背後にあった眞相が悲哀の構図を描き出す構成など、現代本格として見た場合にも読みどころは多いと思います。
無貌の存在を完全な悪党にすることなく、かなり含みを持たせた設定に据えたことや、今回鉄道王一族のあの人がアレになってしまった結末など、今年の秋にリリースされるであろう続編には大いに期待したいと思います。
「双子」が前面に出ているとはいえ、クズミスダメミスどころが、非常に上質なエンタメ小説でもある本作、探偵小説からキャラ萌え、さらには現代本格から伝奇ものと、様々な読者層の方にも支持されるであろう一冊といえるのではないでしょうか。最近の受賞作としては、輪渡、深水両氏とともに「メフィストの良心」として、広くオススメしたいと思います。
[01/14/09: 追記]
軽く再讀。上では、探偵がボーイとともにこの事件を解決することで見事な「復活」を果たす、みたいな書き方をしたのですけども、個人的に興味があるのは、この「復活」の内実でありまして、探偵は以前の彼――即ち、探偵小説的ないかにもベタなキャラへの「回帰」を果たしただけなのか、それとも彼自身の宿業を克服していく過程でそうした探偵小説的なベタキャラを超克した新しい「探偵」像へと「成長」していくのか、というところでありまして、続編ではこのあたりに注目したいと思います。
未讀の方にこのあたりを補足すると、本作の探偵は、ことあるごとに無貌に負ける「以前」の自分をクサした言動を繰り返してみせるのですけど、
「会長は昔の俺みたいな傍迷惑な探偵が好きなんだよ。警察の捜査に無理やり参加して情報集めて、そのくせ警察には何も言わないで最後に関係者集めて犯人を告発する、みたいな」(p143)
「じゃあ聞くけどな、探偵って何だ? 警察官でもなければ裁判官でもない。人を捕まえる権利もなければ、裁く権利もない。じゃあなんで、事件に関わりがもてるんだ。殺人事件であれなんであれ、無関係の人間に関与する権利なんてないだろ」(p171)
しかし今回の事件で見事ニヒリズムとスランプから脱却した探偵はここに言う「昔の俺」みたいな「探偵」に戻っただけなのか、それとも、……個人的にはこの探偵の宿業を鑑みるに、どうもそう簡単な話ではないような気がしています。上の探偵の台詞はちょっと斜めに構えながら従来の探偵小説における探偵像に対する皮肉をカマしてみたものとも取れるし、そうしたメタっぽい視点から見ると、このシリーズで今後探偵がボーイとともにどのような「成長」を見せ、自身の宿業を受け止めていくのか、このあたりも含めて次作には期待したいと思います。