我らが大明神や呆王を蹴散らして怒濤の快進撃を續ける早見女史のダメミス三部作、ついに完結、――といってもほとんどの人はこんなダメミス、待ち望んでいなかったんじゃないかと思われるところがアレながら、こうなったら最後までこのダメミスぶりを見届けるしかないッと思って購入した次第です。
とはいえ、作者である早見女史は何だかんだいってベストセラー作家でもある譯ですし、講談社への憎悪と復讐のためとはいえ(爆)、最後の最後には小説家として理性と矜持を取り戻し、今までのダメミスぶりを覆すような素晴らしい幕引きで見せてくれるのではないか、という期待があったのもまた事実でありまして、さて実際はどうなのかといいますと、……前二作に比べれば結構マトモでありました。
物語は、ミステリ研の連中が集まって推理劇をやっている最中に本当のコロシが発生して、――という、原理主義者も大満足のクローズド・サークルもので、このあたりからして「焼失」の悪夢を思い出してはしまうものの、今回は、「青薔薇荘」でも結構重要な役回りであったある人物のアイデンティティ崩壊をチラつかせながら、推理劇という虚構が現実と奇妙な交わりを見せていくという結構ゆえ、途中でダレることもなく案外スラスラと讀み通すことが出來ました。
とはいえ、本作は「焼失」「青薔薇荘」というダメミスの精神をシッカリと継承した作品でもありますゆえ、例えば学生連中が演じてみせる推理劇の脱力ぶりや、そこで開陳される推理とトリックのションボリぶり、さらには本格ミステリを語るにはあまりにアンマリな仕掛けのアレっぷり等々、ダメミスとしての見所を押さえてあるところなどは、ミステリからの離脱をはかりながらも後半には結局ミステリ的な事件を添えてしまうという結構に迷いと躊躇いが感じられた大明神の「フォークの先、希望の後」に比較すると、ダメとはいえこうなったら最後までミステリと一緒に放火心中してやろうという早見女史の心意気がビンビンに感じられるところは秀逸です。
で、三部作としての繋がりなんですけども、確かに鬼畜なラスボスが登場して、事件の眞相が強引に明かされていく最後の展開など、「青薔薇荘」のアイツがアレだったのか、みたいな連關は見られたとはいえ、しかし「青薔薇荘」の、ミステリとしての魅力のなさがそうした驚きの効果を半減どころか台無しにしてしまっているところがかなりアレで、結局そうした登場人物に隠された過去という、フツーのミステリであればなかかなに吃驚出來る眞相も結局は「フーン……」の一言で終わってしまうところは残念至極。
とはいえ、タイトルから登場人物の名前からシツコイくらいに繰り返されてきた中井御大への迷惑過ぎるリスペクトの真意が、最後の最後に事件の構図として結実する結構は秀逸で、「虚無への供物」をキャラ萌え小説として見た場合、「やっぱり『虚無』といえば紅司と爺やだよねえー」みたいなキワモノマニアではなく、ごくごくフツーに影のあるイケメン美男子の青司に萌え萌えの腐女子などは、本作の最後に見せる「犯人」の「決意」にある種の感慨を抱くことも出來るのではないでしょうか。
しかし個人的にはこの作品、登場人物の一人であるサンをもっと前面に押し出したキャラ萌え小説にしなかったのかと悔やまれます。サンを中心にして物語の進行を追いかけていけば、「青薔薇荘」で仄めかされていた兄弟の隠微な關係がサイコ風味へとハジけるスリラーとしてなかなかに愉しむことも出來た筈なのに、……などとボンクラは考えてしまいました。
キャラとしては、ミステリ研の母親のキ印ぶりやラスボスの狂気が個人的には結構ツボで、特に本作を、早見女史の講談社への復讐の手段として描かれた「凶器」にして「狂気」の一作として見た場合、ラスボスの酷薄さとその狂いっぷりに早見女史を重ね合わせてしまいます。
ちなみに今回の帯は、
“紫の館”に集められた
名探偵と8人の男女。
吹雪の山荘を次々と襲う
正体不明の殺人鬼。
真犯人の正体とは!?クローズド・サークル
ミッシング・リンク
すべての謎は
サプライズ・エンディングのために!
「すべての謎はサプライズ・エンディングのために!」っていうのはいささか大袈裟で、「すべての謎は復讐のために!」の間違いじゃないかと思って、「メフィスト」ではそのジャケに特殊印刷を施してみせるほど手の込んだ仕掛けで魅せてくれる講談社のこと、このジャケにある「サプライズ・エンディング」という文字を十円玉でゴシゴシこすったり、ストーブで炙ってみたら「復讐」の文字が現れるのかなア、なんて思って色々と試してみたのですけど(嘘)、この帯に關していえばそうした仕掛けはナッシング。
しかしこうしてダメミス三部作が完結した今、早見女史担当の講談社編集者氏の心境やいかばかりか、そのあたりが個人的には気になって仕方がありません。おそらく編集者氏は刷り上がった本作を早見女史に恭しく差し出しながらも「矢口先生。お約束通り、弊社といたしましては早見名義での三部作をこうして出版いたしましたゆえ、どうかどうか、今度こそは矢口名義での玉稿を賜りたく……」という言葉に、早見女史は不敵な微笑を口許に浮かべながら「そりゃあ約束だからねえ、書くよ。書きますよ。ただね、あン時はそれをいつやるかってことは指定していないわけよ。でしょう?」「え……?」「つまりね、アタシがその気になれば、原稿の受け渡しは10年後、20年後ということも可能だろう……ということ……!」なんて鬼畜な会話が今頃なされていないことを祈るばかり、早見女史の奸計に見事嵌められ総ての責任を負わされることになるであろう編集者氏の進退や如何に、――ってこうした内幕での「操り」の眞相を誰か実録小説にしてくれないかと期待してしまうのでありました(爆)。
とりあえず壁本というほどヒドくもないので、「青薔薇荘殺人事件」も讀んだという奇特な方は、本作を續けて讀まれても損はないカモしれません。