これはなかなかの佳作でした。確かにツアー旅行の先でジャカスカとコロシが発生しても、參加客はチャッカリ觀光を愉しんでしまうというアレ過ぎる展開や、コロシの動機が爛れた大人の不倫愛だったりと、火サス的な旅情ミステリの風格が濃厚ながら、何より本作では中町ミステリの眞骨頂であるアレ系の仕掛けが犯人の心の慟哭を巧みに描き出しているところが素晴らしい。
昔のコロシに關連して服毒死を遂げた妻とその死体を発見した旦那の図、という例によって例によるプロローグのあと、ヨガ教室の仲間が草津へバスツアーを企画するも、そこにはヨガ教室とはアンマリ關係がない素人探偵がメンバーの妻にほだされて參加しており、さらには件の服毒死妻の旦那も紛れ込んでいて、――と、素人探偵が二人という、不穩な空気の流れるなか、二泊三日で一万九千圓という格安ツアーバスは出発進行。
さっそく初日に派手なコロシが発生して、ツアーの參加者は警察に拘束され、「今日一日何もせずに靜かに過ごした方がいい」とかいう声もあるとはいえ、そこはヨガ教室のメンバーらしく、
「私は、こんなときにこそ、ヨガに打ち込むべきだと思うわ。いやなことは忘れて、気分転換するには、ヨガが、いちばんですもの」
なんて意見もあったりするものの、結局、宿の帳場の支配人から割引券をゲットすると、一行はマイクロバスで「爬虫類や両生類、魚類、鳥類などがドームの中で飼育されている」温泉街の端にある熱帶園に向かって觀光三昧、結局そのあとまたまたコロシが発生、――という疊みかけるような展開も期待通り。
このあと、後半に到ると、いよいよ容疑者認定された人間に死亡フラグがたって死んでいく、というお約束の流れもシッカリ用意されているし、さらには中町ミステリの定番でも脱力のダイイング・メッセージも今回はゴージャスに二つも投入されており、このあたりでも拔かりはありません。
しかしやはり本作でも最大に評價されるべきはプロローグの仕掛けでありまして、特に今回は、事件の發端とはアンマリ關係ないとおぼしき人物が描寫されているところがミソで、これが最後の眞相開示のところで、一連の殺人事件の構図において動機の側面から讀者を誤導させるものであったことが明らかになる結構は素晴らしいの一言。
さらには、プロローグの描寫における一言一言に込められたフェアプレイ精神も注目すべきところでありまして、その死因から例によって「……」で繋がれた手記の構成など、そこに書かれた物事の樣態が最後にまったく違った絵圖を見せていくという仕掛けや、真犯人の語れない心の慟哭が明らかにされるという驚き、――特に真犯人が分かってから、再びプロローグを読み返すと、今回の場合、プロローグで描かれていた人物の心理に對する印象が一變してしまうという仕掛けは相當に強烈です。
ダイイング・メッセージや錯誤を用いたアリバイ・トリックなどは、おとないものながら、このプロローグとエピローグによる定番の結構によって、人間の慟哭を表現し切ったという意味では、中町ミステリの中でも深い餘韻を殘す作品と言えるのではないでしょうか。