天才探偵の兄貴が大嫌いな風水比火那子シリーズの第二彈。初讀時には冒頭に引用されたポーの「赤死病の仮面」に引きずられるかたちで讀み進めていき、「白雪姫」の方をスッカリ忘れてしまっていたがゆえに、終盤に明らかにされる眞相ではかなり驚いてしまったのですけど、變則と顛倒を巧みに凝らした結構や回想と現在の視點、さらには「仮面」という言葉に託して手記を混在させた企みなど、コンパクトながら樣々な仕掛けが炸裂する怪作、でしょう。
物語は經營難に陷ったクラブで金持ちのボンボンがハッパを持ち込んでの仮装パーティーを敢行、しかしそこに赤死病を模倣した奇妙な人物の登場によって次々とコロシが行われて、――という話、と纏めると、何だかコード型本格の典型みたいなお話を想像してしまうのですけど、そもそも前半の構成からして破格そのものといってもいいハジケっぷりで、舞台と登場人物の説明が冒頭にサラリとなされた後、物語はいきなり密室の謎解きのシーンへと飛んでしまうところから呆氣にとられてしまいます。
事件の概要さえ明らかにされないまま、探偵が密室の謎を解き明かしていくというこの構成が終盤の見せ場への仕込みとなっていることは言うまでもないのですけど、「モルグ街」などの名前を添えて密室がこの物語におけるコロシの眼目と思わせつつ、その推理のお披露目そのものにも仮面劇たる打々發止の驅け引きが隱されていたりと、一讀しただけでは、事件「そのもの」に隱された仕掛けと、作者がこの破格の結構に仕掛けた趣向を照応出來ないほどに巧緻を極めているところなど、その「讀み」には相當の集中力を要することもまた事實。
密室の謎が明らかにされるのみならず、探偵はアッサリと犯人を明かしてしまうし、さらには事件の後に再び探偵が何事かに卷きこまれて、その樣相を回想の体裁で綴られる手記とともに並置させた構成など、あらゆる意味での破格ぶりが興味を惹くものの、終盤の謎解きに到るまでは、それらの企図が把握出來ないままとにかく物語を追いかけていくしかありません。
ある人物の手記にはあからさまに過ぎるほどの違和が含まれているのですけど、謎解きで明かされた後にこの部分に着目すると、この手記の体裁には「探偵」のある意志によって脚色されていたことが判明します。しかしその一方で自分のようなボンクラも言うまでもなく、この脚色がないと恐らく殆どの人はこの手記に込められた仕掛けを読み解くことは出來ないであろうし、かといって「原文」のまま記したのでは後半の探偵の推理は繁雜になるであろうし、――とこのあたりの趣向に關しては判断が難しいところ、でしょうか。
個人的に秀逸だと感じたのは、やはり事件の經過を讀者の前に隱したまま、犯人の指摘と密室の謎解きを披露してみせるという、前半の破格の構成から讀者をある期待に誘導していく技巧でありまして、この冒頭で行われる事件が密室でありながら、中盤で探偵の推理も添えて語られていく事件が密室ではないもう一つの事件であることが、最終的には冒頭に「赤死病の仮面」から想起されるポーの引用を退けて、もう一つの引用へと繋がっていく趣向を導きだし、最後には犯人の狂氣の論理が明らかにされていく、――という展開には山田ミステリならではの「凄み」が感じられます。
ポーともう一つ引用の対比という構図は、過去の事件と探偵が卷きこまれることになる事件「後」の「仮面劇」という趣向にも大きく反映されていて、それが後半に語られる「自分のシャドウ」といった言葉や、「それぞれ、二人で追いかけっこをしているように見えながら、実は自分のペルソナに追われ、自分のペルソナを追っていたように――」という趣向へと収斂していく構成も心憎い。
冒頭に探偵が犯人と密室のトリックを明らかにするという破格さは、マニア的な思考からすると、当然それはかりそめのもので、後半にはこれをひっくり返すかたちで眞の解が明らかにされるのだろう、という期待を引き起こす譯ですけども、後半の謎解きで展開される全体の構図は非常に奇怪なもので、どんでん返しというスマートな言葉で纏められるようなあからさまな形には着地しません。
中盤で取り上げられるもう一つの事件とその謎解きの課程がクローズアップされていくとともに、ポーの引用によって暗示される密室の趣向は後景に退いて、次第に犯人の偏執的な狂氣が明らかにされていくという終盤の推理の見せ場は山田ミステリにおけるある種の定番ながら、本作では犯人の振る舞いよりも、探偵も含めて事件に關わることになった登場人物たちが主導權を握ろうとする異樣さが、作中でも引用されている「虚無への供物」をイメージさせるとともに、これがまた本作の「仮面」という主題を際だたせているところもステキです。
傑作というには躊躇いがあるとはいえ、個人的には「サイコトパス」と並んで偏愛したくなる一册で、「螺旋」のようなトリックの明快さや、「妖鳥」のように魔術的に構成された幻妖さとは異なるものの、繁雜な謎解きを据えながらも破格の結構にも樣々な対比を凝らした構図の美しさが感じられるところなど、異色作ながら山田ミステリの異樣な風格が際だった一作といえるのではないでしょうか。