延び延びになっていた全集の二巻目は、「寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁」、「噓でもいいから殺人事件」、「出雲伝説7/8の殺人」、「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」の四編を収録、三編をおさめた一卷に比較すると四編ということもあってボリューム増量かと思いきや、このあたりは後書きにある通り、一編の頁數が「占星術」や「斜め屋敷」などに比較してコンパクトに纏まっていることもあって、一卷の本編は八百十四頁、二巻が七百七十一頁と、一册の本としての厚さにほとんど變わりはありません。
全集となればやはり愉しみであるのが月報でありますが、そもそも一年以上の間を開けての全集リリースで「月」報というところには「……そういうものなのかなア」とか考えてしまうのですが、今回の内容は「吉敷竹史誕生とこれからの展開」と題して、御大と元光文社編集者の竹内衣子氏との対談となっています。
一卷の月報に収録されていた宇山氏との対談では、「綾辻氏の「十角館の殺人」を読んだ京都の喫茶店の推測」として、綾辻氏と小野氏の二人がいつ頃からいいカンジになっていたのかを推理していくくだりに大注目だった譯でありますが、今回の月報では吉敷というキャラクター誕生のいきさつが御大、竹内兩氏の会話から繙かれていきます。
ここでは当時のカッパノベルズの事情も語られていて、はやぶさは初版三万部でこのあたりを竹内氏曰く、「何しろ、三万にならないものは出してはいけないと言われていて、全部三万部だったと思うんですよ」と、当時のミステリ出版會全体の勢いを今と比較するとミステリファンとして溜息が出てしまいます。
この月報の内容と後書きを讀むと、例の清張呪縛も含めた当時の文壇の空気が感じられて非常に興味深く、特に編集者の口から当時の樣子が語られているところは資料としても非常に貴重だと思います。
ただ、個人的にこの月報の内容でもっとも興味を惹いたのは、島田ワールドではやや異色ともいえる里美の人物造詣、――特にその「ねー」と語尾を伸ばす件の語り口がどのようにして生まれるに至ったのか、その謎を解き明かすヒントとも思える「あること」が語られているところでありまして、……ってこれはあくまで自分の妄想推理ではあるのですけど、御大が感じた「ひとつの革命」が里美のああいう語り口を生み出すきっかけになったのではないか、なんてことを考えてしまいましたよ。
全集のIと違って、収録された本編にどれほどの加筆修正が入っているのかの記述は多くないとはいえ、月報に照応するかたちで当時の文壇の空気を回顧した記述もまた興味深く、特に御手洗ものに使用されるトリックと吉敷ものの違いや、そのトリックから作風に至るまでのリアリティというものに対する立ち位置の差、さらにはそこから生じる当時の文壇の空気との確執など、このあたりを二十年前の事情と対照させながら色々なことを考えてみるのも面白いかもしれません。