本格ミステリ・マスターズの一册ながら未讀でした。このシリーズといえばアレ系、というほどにアレなので、そういう意味での先入觀をもって挑んだのですけど、……なるほど、この「ずらし」には見事にやられました。とはいいつつ、こういった結構全体のトリックよりも寧ろ、登場人物たちの出自に錯綜と謎を添えることで謎解きによる真相開示が悲哀へと轉じる仕掛けが秀逸な作品だと思います。
物語は、人間が死んだ時に現出する樣々な怪異から今際の際の言葉を読むことが出來る月読なる異能者が存在する、――という設定のなか、連續婦女暴行事件を追いかけていく刑事の場面と、魔性女にホの字のモジモジ君が奇妙な殺人事件に卷きこまれていくパートとが平行するかたちで描かれていきます。
二つの場面のいずれにも異能者の存在があり、それが事件の不可解な動機にも大きく繋がってくるところが見事で、特にモジモジ君のパートで、魔性女の屋敷でマッタク知らない中年女が謎の死を遂げたという事件における皆殺し未遂の動機は強烈です。
物語の世界設定を見事に活かしながら狂人の論理を際だたせる一方で、異能者をはじめとして里子、養子による血の繋がりから登場人物たちに因業を課しつつ、それがまた讀者を誤導させる仕掛けに轉じていく後半の展開が素晴らしい。
二つのパートが描かれていくことで、これが本格ミステリ・マスターズともあれば、まずこのシリーズの讀者としてはこの二つの場面がどのようなかたちで連關していくのかと、当然そのあたりを先讀みしながら頁をめくっていく譯ですけども、本作ではそこに意外な「ずらし」を添えているところが面白い。
いよいよ終盤に向けて探偵役の人物達が事件の核心へと近づいていくところをカットバック的な技法で描きながら、作者は最後の最後でネタを明かさずに肩すかしをキメてしまいます。しかし本作ではこの後に登場人物たちに課された因業をフックにしながら怒濤の真相開示が行われ、いよいよ悲哀を際だたせるという技法が冴えています。
特に「兄」という言葉に込められた意味が明かされた瞬間に、物語の外にいた探偵が宿業の輪の中に投げ込まれてしまうところは本作の大きな見所でしょう。またここ一番の盛り上がり處ともいえる二つのパートの連關に、ミステリマニアの先讀みをハズしてみせながら、事件の謎解きが終わってスッカリ気を抜いているところで、ついにこの仕掛けを明らかにしてみせるという時間差の技法の素晴らしさ、さらにはこれによって再びこの物語の中で登場人物たちに課されていた因業が繰り返し語られるという巧みさと、アレ系が単なるアレ系で終わらずにシッカリと人間を描き出すための仕掛けとして機能しているところも大いに評価されるべきでしょう。
最後に事件を外側から眺めていた探偵の出自へと回歸して、異能者の存在を明確にしながらこの探偵の新しい物語を期待させるという結構もステキで、「落下する花―月読」という次の物語が生み出されたのにも納得です。
異能者の探偵をはじめとして、登場人物たちの因業を謎の起點にしているところから、幼少期と少年期を大人のエグさと對蹠させているところも物語の結構として見事ながら、キワモノマニア的にはやはり魔性女の突然の来訪に胸を高鳴らせながらも結局その体に指一本觸れることさえ出來ずにトイレでシコシコしてしまう場面や、「お兄ちゃーん」というアレにグフグフと忍び笑いを洩らしてしまったりしてしまうのですけど、物語の風格は清冽にして異能者の悲哀を際だたせた逸品で、そうしたキワモノ的な讀みはチと作者に失禮カモ、しれません。
二つの場面が連關する定式ともいえる結構に「ずらし」の技法を添えて、人間關係の中から宿業と悲哀を描き出す結構に巧みの技が感じられる逸品で、本格ミステリ・マスターズならではの仕掛けのうまさと濃密な物語性の融合に安心して手に取ることの出來る一册といえるのではないでしょうか。