またまたダンボール整理で見つけた一册なのですけど、収録作の「鼠の贄」はいつか再讀したかった作品だったのでチとニンマリ、ですよ。収録作は、バンカラ學生たちの生き生きした日常の中に忍び寄る時代の重さに郷愁を交えて回顧する結構がステキな表題作「わが一高時代の犯罪」、インチキ靈媒師の手品に狼狽至極の金持ち家族を救う天才神津のスマートな推理「幽霊の顏」、現代竹取物語とはいえ、キ印美人にメロメロの語り手を据えた趣向が極上の仕掛けとなっている「月世界の女」、三白眼のエロ婆殺しにタイトルとは裏腹の壯絶な純愛が悲哀を呼ぶ「性痴」、そして鼠盡くしのグロ嗜好がほとんどホラーへと突き拔けてしまってる怪作「鼠の贄」の全五編。
いずれもある意味ベタな「真相」が明かされつつ、そこにはある人物の意図が隱されていて――という結構の作品が多いように感じられました。表題作の「わが一高時代の犯罪」では、その僞の「真相」をタイトルにもなっている「犯罪」へと結びつけて、一人物の悲哀なる人生を郷愁も交えて振り返るという構成で、ボンクラワトソン役の松下と天才神津がバンカラ學生であるところがいつもと異なる風格ながら、幽霊騒ぎを添えた人間消失のトリックは相も変わらずの高木節。特にここでは事件の現場に時計塔に据えながら、トリックに使われた砂時計に二つの意味を持たせているところが秀逸です。
この砂時計は幽霊騒ぎへと繋がる怪奇趣味を事件に添えながら、「犯人」の視点からはそれが僞の「真相」へ誤導するものへと變じ、さらには推理の課程においてはそれを「犯人」を限定していくための物証としながら、そこに時計塔という、事件現場にある種の逆説めいた趣向を持たせているところがいい。
「幽霊の顏」はもう登場した時点で怪しさイッパイのインチキ靈媒師が、戦死した旦那の顏を寫眞に写し込んでみせるというトリックを披露、その手品に參ってしまった奥樣を含めた一族がこの香具師に振り回されてしまうというお話です。
この怪しさを見拔くべくボンクラ松下が請われて向かうものの、逆に山師のトリックを裏付けてしまうという皮肉な結果に天才神津が解き明かしてみせるトリックは、――まア、猿でも分かるものながら、ここでも「わが一高時代の犯罪」同樣、真相を見拔いていた天才探偵が機転を利かせてみせるところがステキです。最後にややホラーめいた不氣味さで幕とするところにもややキワモノに傾いた趣が感じられ、ベタ過ぎる話の展開ながら収録作の中ではなかなか愉しめました。
「月世界の女」は現代版竹取物語とでもいうべき趣向で見せてくれる一編で、ホテルで見かけた絶世の美女に語り手のボンクラワトソン松下がメロメロなところがひとつの大胆な仕掛けとなっているところがミソ。とにかくこの美女にデレデレであるがゆえに、天才神津が気を利かせて最高のヒントを与えてくれているにも關わらず、猿でも分かるトリックに気がつかないところがかなりアレ。
語り手が冷靜であったらこうした記述には成り得なかった筈で、そうなると讀者はもっと容易に真相に至ってしまったことを考えると、ボンクラワトソンが超絶美人に鼻の下を伸ばして、――という記述の企みが巧みに活かされているところに着目でしょう。
「性痴」は、やり手社長のエロ婆が殺されるも、その背後には婆の爛れた男趣味があって犯人はアッサリと捕まってしまったかと思いきや実は、――という話。「月世界の女」では語り手であるボンクラワトソンが讀者の眼から真相を隱し仰すための駒として重要な役割を果たしていた譯ですけども、ここでは天才神津というキャラ立てが事件の結構そのものをまったく違ったものに見せるために機能しているところに注目でしょうか。
最後が神津の手記で終わるところもまた、「探偵」という役割が事件の上では欠かせない存在であったことを示唆しているように思えるし、「犯人」が見せる現代本格では定番の趣向が後半で見事な反転を見せるところも見事ながら、今讀みかえすとこのあたりの書き方にやや舊さを感じさせてしまいます。それでも殺されたエロ婆を表したかに見える「性痴」というタイトルとは眞逆を行く一人の人物の壯絶な純愛が、最後に探偵の口から真相とともに語られて幕引きとなるところは印象に残ります。
「鼠の贄」は収録作中もっとも怪奇趣味が炸裂した怪作で、確かにトリックもあるし本格ミステリらしい謎が添えられているとはいえ、雀じゃないのにチュンチュンと鳴く鼠の赤子の氣味惡さや、溺死させた鼠の死骸を嬉々として旦那に見せつける妻の狂態というかアレッぷり、さらには鼠フライを食べさせるという、何だかコガシン先生の漫画にでも出てきそうなグロっぽい描写もさりげなく挿入されているところがキワモノマニアには堪りません。
鼠をおそれる男が書きつづった妄想なのか真実を書いているのか判然としない手記がズラズラと綴られ、讀者としてはその狂った描写にばかり眼がいってしまうのですけど、その実、伏線はいかにも大胆にその外側に凝らされてあるところが洒落ています。單純であるがゆえに神津の口からアッサリと語られる推理もスマートながら、犯行を暴かれた犯人が最後に発狂して鼠をモグモグしてしまうラストシーンや、死体にワラワラと群がる鼠のおぞましさなど、ミステリ的な趣向よりも、サイコや怪奇趣味で魅せる一編でしょう。
普通は、溌剌としたバンカラ學生たちの生活と時代の暗い影を対照させて描き出した表題作をオススメするのが普通ながら、キワモノマニアとしてはやはりここは「鼠の贄」をまず一番にリコメンドしておきたいと思います。