今年最強のダメミスはこれで決まりッ!と思わず雄叫びを上げたくなってしまう作品でしたよ個人的には。というか、ここまで何處が面白いのかサッパリ分からないという作品は久方ぶりで、さらにはツマらないところをどう説明したら良いのか分からないというところも相當にアレで……、と個人的にはあまり多くを語らずに、プロの評論家の方々に是非とも本作の愉しみどころを教えていただきたい氣持ちで今はイッパイなのですけど、こんな愚癡をグタグタ言っていても仕方がないのでとりあえず始めます。
早見江堂という作者の名前は全く聞いたことがないので新人かと思っていたら、巻末に曰く、
一九九一年、谷口敦子名義で『かぐや姫連続殺人事件』(講談社ノベルズ)でデビュー。その後、矢口敦子名義で『家族の行方』『人形になる』『償い』他を刊行。
二〇〇七年、本作品をメフィスト賞に、早見江堂として応募、刊行に至る。
とあります。矢口敦子の『家族の行方』というタイトルについてはボンヤリと記憶にあって、調べてみたら第五回鮎川哲也賞の最終候補に残った作品で、創元クライム・クラブとしてリリースされたとのこと。自分は昔、文庫でこれを讀んだ記憶があるのですけど、本作のような風格ではなかったような気が、……いったい何があって、何册も本を出しているプロの作家がメフィスト賞に作品を投じるに至ったのか、さらに言えばデビュー作が講談社ノベルズからリリースされているというのに、当時の編集者との關係もスッ飛ばして講談社の賞に応募したのか、とか、まかりなりにも本格ミステリ賞の名門、鮎川哲也賞の最終候補に残ってその後も作品をリリースした經歴があるというのにいったい、――というかんじで、何だかミステリ業界のイヤーな空気を見せつけられたような気がしてかなりアレ。
こんなふうに入り口からイヤーな氣分にさせてくれる本作、續いてジャケ帶に目をやると、そこには「――これぞ、21世紀の「ザ・火沼(?)マーダー」だ!」なんていかにもな煽り文句を掲げながらも、さりげなくはてなマークで誤魔化しているところも相當にアレだし、さらには主人公とおぼしき人物の名前が「奈々緒」とあっては、「虚無」ファンはいやが上にもアンチ・ミステリー的な作品を期待してしまうものの、逆に年季の入った「虚無」ファンであれば同時にこんなところでは騙されないぞ、と眉に唾つけてかかるのはもう常識。
とにかく讀み始めると、奈々緒が怪しいところを訪れるや、唐突に過去の物語がスタート。大物ミステリ作家の死後、彼の作品を見立てた館に招待された連中が次々と消えていく。果たして館では何が起こっているのか、……という話。
勿論、この作中作めいたベタな館ミステリから、奈々緒のいるリアルへと物語は帰ってきて、その後に驚愕の真相が明かされる、……筈が「フーン……」という一言だけで終わってしまう謎解きのアレっぷりには流石の自分も言葉を失ってしまいましたよ。
何だか最新号の「メフィスト」を見ると、本作は蘊蓄度がウリながら、例えばまほろ小説や今年の収穫の一作である「インシテミル」に比較すると、このあたりはもう完敗。さらに精緻なペダントリーを仕掛けのフックにした超絶な謎解きで讀む者を魅惑する門井慶喜氏の傑作「人形の部屋」などに比べても本作のアレっぷりは明らかで、正直蘊蓄と言われても何處に蘊蓄があるのか戸惑ってしまうところもかなりアレ。アレアレと何だかアレ尽くしなところがアレながら、登場人物たちのある意味確信犯的なアレっぷりも相當に脱力で、例えば自称ミステリ評論家の輩がミステリ作品の竝べられた書架を眺めやるシーンでは、
「知らない名前が一杯あるなあ。芥川龍之介や森鴎外は学校の教科書で見かけたことがあるけど、谷崎潤一郎、佐藤春夫、安部公房、井上ひさし……これって、みんなプロの作家ですか」
「おいおい、枝野君、もっと安井先生以外の小説も読んだらどう」
「え、読んでいますよ。新本格がいっとう好きなんだけれど、でも、夢野久作、江戸川乱歩、鮎川哲也、中井英夫といった大先生から、乙一、舞城王太郎や脱格派の若手まで、全部読んでいます。これでも幅の広さをモットーとする、ミステリ評論家ですからね。そうだ。松本清張だって読んでいるんですよ」
「いや、ミステリ以外のジャンルのことを言っているんだ」
もっともここで作者は、「谷崎の「途上」も知らないなんてバッカじゃねえの」、とか「ゲラゲラ。コイツ、ちくまから出ている日下センセ編の「怪奇探偵小説名作選」も讀んでないのかよ」なんていうマニアからのツッコミを期待しているのかもしれません。しかしあまりにベタというか、あからさまな釣りゆえに、こうしてツッコミを「敢えて」入れてあげるこちらが赤面してしまうところがまたまたアレ。ちなみにこの自称評論家のバカタレはこの後「最近のライトノベル系のミステリを手にとって読みふけってい」たりするのですけど、ここにも何か含みがあるのかなア、とか色々と考えてしまうものの、こんなところで躓いていても仕方がないので先に進みます。
で、ようやく頁を半分ほど進めたところで件の「事件」が発生するのですけど、蘊蓄をウリにしている割にはベタベタな本格ガジェットが凝らされている譯でもなく、それまではダラダラと登場人物が敬愛するミステリの巨匠に対する思い出話でマッタリしているところももどかしい。ちなみにこの巨匠センセーのデビュー作は「ブルートレインのA寝台個室で殺人が起こる」という作品で、タイトルは「夜走る」。「夜歩く」をモジっているのかとここでも頭を抱えてしまいます。
さらにこの作中作の語り手が書架からある本を見つけるシーンも苦笑至極で、
早見江堂という、我が社とはつきあいのない新進作家の作品を見つけて、それを読むことにした。
叙述トリック系だった。かなり面白かった。東京に帰ったらこの作者に連絡をとろうと思いながら、読みすすめた。
ネタなのか邪無氏みたいな天然なのか、とにかく判断に困るようなネタを投入しては讀者をいたずらに幻惑してみせる手法は流石ながら、個人的にはこのノリに最後まで乘りきれず、最後の最後で脱力の真相が明かされてジ・エンド、という地雷ぶりはここ最近の作品では超弩級。
こうして見ると、何だかんだいってまほろ小説の蘊蓄ぶりの凄みがあらためて理解出來るという皮肉ぶりで、さらにはミステリマニアを皮肉りながらも超絶技巧で魅せてくれた「インシテミル」がいかに傑作であったのかが分かります。
とりあえず自分は本作を愉しむという点に關しては完全に負け組で、マッタク受け付けることが出來ませんでした。完敗ですよ。メフィスト絡みでもあるし、大仰なタイトルや「虚無」ネタを投入したジャケ帶の「疑似餌」ぶりからして、おそらくはかなりの方が本作を讀まれることと思うので、他の方のレビューに目を通したあとに再讀してみようと思います。