「垰」、そして「垰―大魔縁」に續くシリーズ完結編。亡き娘の訪れた足跡を主人公である父親がジープで辿る過程で複数の事件に出會すという、連作短篇にも似た結構で繋げてみせた「垰」の端正な構成を、「大魔縁」では国家の謀略や紊鬼一族といった怪しい連中まで登場させてのやりすぎワールドへと大転換、本作ではさらに娘が生前に遭遇した大事件を描いてみせることで、彼女の死の眞相が次第に明かされていくという結構も含めて、寿行節がイッパイに炸裂した傑作に仕上がっています。
長さは「大魔縁」と同じくらいなのですけど、毒蛾の来襲に紊鬼の大暴れ、さらには国家機関に追われながらのハードロマン的展開と、寿行ワールドの魅力満載で濃度は相当に高めです。すでにもう一つの主人公ともいえたゴールデンイーグルは何だか完全に脇役ながら、主人公秋葉とホモヤクザ長岳との「秋葉の」「長岳の」というやりとりから始まるコンビがいい味を出していて、中盤からこの二人に紊鬼を絡めていきながら、それが物語の前半部で語られる娘の過去の事件と連關していく構成が素晴らしい。
また「垰」と「垰―大魔縁」では主に手記の中でのみ語られていた娘が生前、毒蛾の来襲に出會したという逸話が前半部では大きく取り上げられているのですけど、彼女の死を知っているからこそ、この力強いエピソードが悲哀を釀し出す結構も秀逸です。
毒蛾祭といえば、寿行センセの壮絶過ぎる傑作短篇「狂った夏」をどうしても思い出してしまうのですけど、本作では船が襲われるという小事件ながら「蒼茫の大地、滅ぶ」風に盛り上がるところも拔かりなく、さらには娘をレイプしようとしたゲス野郎が熊に襲われたところを助けられるやお尻様に目覚めてしまうという、女はメスにして神、という寿行的女性觀もブチこみながら、ゲス野郎にもキチンと榮光ある死を用意してみせるという優しさもいい。
当初はゴールデンイーグルの戰車のような強者ぶりがひとつのウリであったシリーズの筈が、先にも述べた通りに本作では完全に脇役に成り下がっているところがやや殘念とはいえ、本作では「大魔縁」から乱入してきた紊鬼のキャラ立ちはそんな不滿を吹き飛ばしてしまうくらいの魅力を放っているところに注目でしょうか。
紊鬼という人物を介して過去と現在を連關させながら、娘の過去のエピソードの中で語られていた富士や琵琶湖が伏線であったことが明らかにされていく見せ方も見事です。娘の死の眞相の背後にある何か、というあたりでこれだけ引っ張っておきながら、最後に軟弱首相の口から語られる眞相が妙にアッサリしているところは頁の都合かと思わせるものの、抒情と悲哀を湛えたエピローグの美しい四人の姿は心に響きます。
ノッケからゲス野郎のレイプに始まり、熊に襲われるわ、毒蛾は来襲するわ、国家機関に追われるわ、呪術が絡むわ、神樣だお尻様だと、寿行ワールドのすべてを短い中にギッシリと詰め込み、最後まで息を抜かないまま全力疾走で見せまくる構成も素晴らしく、まさに寿行小説の魅力のすべてを堪能できる一冊といえるのではないでしょうか。
寿行撰集が出るのであれば、是非ともその中に入れていただきたい傑作シリーズといえる本作、ファンとしてはそろそろ角川か徳間あたりが本腰をあげて復刻に取りかかっていただきたいものなのですけど、このあたりは來年に期待したいと思います。