ランキング本が本屋に平積みされ、本格ものでは「首無」や「女王国」あたりが大好評という影で、上質な短編集を何册もリリースしてマニアを大滿足させてくれた石持氏の最新短編集。「R」、「人柱」「心臟」とそれぞれに愉しみどころが異なる逸品の中で本作の特徴を挙げるとすればやはり、その探偵役の造詣でありまして、兄妹の二人を取り揃えつつそれが宇宙人みたいな人間ではない存在であるところが大きなミソ。
ジャケ帶には「切れ味拔群の推理、なるほどの真実、そしてじんわり切ないラスト」と「石持ワールド」の見所を挙げているのですけど、さらに「イヤキャラたちが釀しだす違和感ありまくりの倫理観」もまた健在で、キワモノ的な視點から石持ミステリを愉しみにしている読者も大滿足の一册です。
収録作は人の白衣を着て死んでいた奇妙な死体の意味合いからロジックが冴えまくる「白衣の意匠」、森の中で糞を垂れ流しての心中死体を前に登場人物たちのクール過ぎる違和感が相當にアレな「陰樹の森で」、痴漢野郎の自業自得にポニーテールの萌えキャラ娘がメルカトル風の惡魔主義的な推理を開陳する「酬い」。
現ナマを抱えての陸マイラーの死から意想外の真相が明かされる「大地を歩む」、インターでの失踪事件にほんわかムードのオチを添えた「お嬢さんをください事件」、豚を連れてのお忍び旅行をする奥樣の裏事情「子豚を連れて」、そして石持ワールドの十八番、「じんわり切ないラスト」で見事に連作短編集の結構をしめくくる「温かな手」の全七編。
「陰樹の森で」は「本格ミステリ〈06〉2006年本格短編ベスト・セレクション」に、そして「酬い」は「不思議の足跡 最新ベスト・ミステリー 」に収録されていた佳作で、特に「陰樹の森で」を讀んだ時には、探偵キャラの生命エネルギーを吸い取るという設定をアンマリ深く考えていなかったので、バラバラ死体や首無し死体をはじめとしてボディの装飾に關しても美意識を尊重する本格ミステリにおいて、糞垂れ流しの首吊り死体というリアリズムを大胆に取り入れた事件の結構に當時はビックリしてしまったのですけど、本作ではこの糞垂れ流しという死体の状況が推理に大きく絡んでいるから始末が惡い。
さらに華麗な謎解きによって、仲良しグループの人間關係にイヤーな空氣が立ちこめてくるところもキワモノ的にはタマらないところなのですけども、石持ミステリでは定番のイヤ感をまた違った方向から読者にブツけてみせる基軸など、収録作の中でも際だった個性が素敵です。
「白衣の意匠」も「陰樹の森で」や「大地を歩む」などと同樣、冒頭にサラリと現場の奇妙な状況を述べるというツカミから、事件の開陳までをスムーズに流してみせるところも手慣れたもので、冒頭に提示した違和感の氣付きを基點にして、いかにも氏らしい精緻な推理を見せるところは期待通り。何しろ探偵役は人間のさまざまな感情をアタマでは理解しつつもそれと同じ感覺を共有出來ない異種でありますから、死体を前にシレッと推理を話してみせるという、本格ミステリでは定番の場面にもそれゆえに違和感はナシという「顛倒」が本作では見事な效果をあげています。
個人的に好みなのは「酬い」と「大地を歩む」で、いずれも異種のカワイイ娘っ子が探偵役ながら、堂々と推理を開陳した後にワトソン役が關心至極で「それにしても、すごい推理だったよね」なんていうところへ、これまたシレッと今までの展開をひっくり返してしまうというオチがいい。「口から出まかせよ」「でたらめよ」の二言はかなりツボでした。
異種であるからこそ、仲良しグループの中にいるフツーの人のダークサイドを臆面もなく暴き立ててしまうという冷徹な探偵キャラがここでも絶妙な味を出しています。しかしこの異人種であるからこその、一般の價値觀が作中で見事な顛倒をみせるという設定については、ここ二日ほど半村小説を読みまくっていたゆえか「妖星伝」のボーダラカ人を思い出してしまいました。
「お嬢さんをください事件」はド派手な事件は起こらないものの、事件性を帶びているかに見えた失踪事件が珍騷動であったと明かされるお話で、最近の作品では「R」に収録されていた短編の風格をたたえた風格ながら、失踪した人物がいる場所と可能性を絞り込んでいくところに石持ミステリらしいロジックの冴えが見られるところが素晴らしい。
續く「子豚を連れて」は、ホンワカしたネタかと思いきや、こちらの探偵役は「酬い」と「大地を歩む」のムーちゃんでありますから、怠惰な日常に疲れたセレブな奥樣が子豚を連れての伊豆旅行、という圖式からおそるべき犯罪構図が精緻な推理によって浮かび上がるという結構がたまりません。また、いい人っぽいキャラで奥樣を勵ましつつ、またもやその傍らでワトソン役にコトの真相をつきはなしたような調子で開陳してみせるという展開がいい。ここでも奥樣の所作の細かいところまでシッカリと目を配りながら伏線を凝らしているところも見事で、タイトルにもなっている子豚のかわいさが真相を聞いたあとには一転してゾッとするキャラへと轉じるところにも拔かりはありません。
表題作の「温かな手」は、全編で名探偵ぶりをみせていたギンちゃんとムーちゃんの二人、さらには二人の相方がそろい踏みを果たすという一編で、ここでも登場人物に対する彼らのある行爲の眞意が明かされる刹那に、人間の哀切さが立ち上ってくるという結構がいい。そして連作短編のおわりにふさわしい出會いと別れの逸話をめいっぱいに效かせて幕引きとするところもまた完璧。「心臟」のイヤキャラぶりが爆発した終わり方とは違って、ごくごくフツーに優しい空氣を添えてジ・エンド、という結びにちょっと意外な気がしたのですけど、さすがに「心臟」のラストに出てくるアレ過ぎるキャラがあまりにアレだったのを反省しての結果なのか、そのあたりは定かではありません。
いずれも上質の、石持ミステリらしいロジックを主体に魅せてくれる逸品揃いで、ファンであれば十分に愉しむことの出來る一册といえるのではないでしょうか。