女子高生ハードボイルドという評判通りのお話ながら、主人公の娘っ子が素晴らしいキャラで愉しめました。女が主人公でハードボイルドの風格とあれば、まずは村野ミロあたりの雰囲気を想像してしまうのですけど、本作では女子高生ということもあって、あれほど果敢に事件に挑んでいくという譯ではありません。事件との距離の取り方や、何処か醒めた視點で物事を追いかけていくところなど、何となく結城昌治の真木シリーズを思い浮かべてしまいました。
あらすじはというと、仲の良い友達が洋服を大人買いした後に突然失踪してしまい、主人公の娘っ子が彼女の行方を追っていくのだが、――というもので、失踪人探しという定番の結構ながら、この探偵役の娘っ子が醒めたキャラの女子高生というところが独自色。
父母は離婚していて、一緒に暮らしている母は子供っぽくて多淫だったりと、いったいどっちが親なんだよとツッコミを入れたくなってしまう家庭事情の主人公に比較して、失踪した友人の家庭は一見するとごく普通に見えるところの對比もまた見事。さらに探偵役の娘っ子のまわりでさりげなく彼女をヘルプしてくれる男衆もいい雰囲気を出していて、とくに後半に至ると一緒に敵方のアジトへと殴り込みをかけていくマスターがいい味を出しています。
何となく最後はこのマスターと主人公の娘っ子がいいカンジになっていくのかなア、なんて期待して讀み進めていったのですけど、恋愛に敏感な女子高生が主人公だというのに、本作では恋愛ネタはいっさいナシという風格で、これがまた珍しい。逆にこの「らしくない」ストイックさが、主人公の物事を醒めた目で見る造詣を与えていて、漠とした事件の背後から浮かび上がる眞相をシッカリと見据える視點に活かされているところが面白い。
何でこんなフウに男に無関心な女子高生なんだろう、なんて讀んでいる間は感じていたのですけど、讀了後、作者のあとがきに曰く、
十七歳の頃、私にとって一番大切なのは、女友達でした。それはもう、間違いなく。もちろん、男の子と付き合うのも楽しかったけれど、その何倍も女友達が大事。
失踪当初は、男が出来たんだろ、なんて一瞬考えるものの、すぐさまその推理はスルーされて、あとはモデルや介護に絡めた秘密のバイトなどが物語の前面に出てくる結構も、この作者の後書きを讀めば納得でしょう。
事件の眞相自体は緩く、本格ミステリ的な視點から特筆すべきところは少ないのですけど、主人公の友達がヤバげな事件な巻き込まれたことを知ってから、モデル志望と介護ネタの二つを交錯させながら、おのおの關係者に聞き込みを行っていくという展開も、そのハードボイルド結構ゆえか、不思議と気にはならなかったところに個人的には注目、でしょうか。
おそらく、この聞き込みの課程で描かれていくものが事件そのものというよりは、失踪した娘っ子そのものの真実の姿であったからだと思うのですけど、事件の核心を突くまではこの失踪娘が事件の謎の中心にいる中で、探偵役の娘っ子のキャラはずっと奥に退いていたところが、最後はヘンテコなバツイチ母さんと一緒に二人で暮らしている自分に比較すると、失踪娘の方が遙かにマトモと思っていた探偵の内面がその獨白によって明らかにされていく構成はうまいな、と思いました。
事件を追いかけていくなかで、そんな主人公がふと自らを顧みながら人生の機微みたいなものをさりげなく語ってみせるところが個人的にはツボで、熱を出してマスターから介抱されている主人公が、ふと自らの家庭を思う獨白はこの中ではピカ一。下引用すると、
離れて暮らしていても、相手を思いやり、愛情を注ぎ続けることはできるのだろうが、側にいなければ絶対に伝えられないことがある。それはたぶん、父が言っていた、何かあったら言ってきなさい、という「何か」の対極に位置するもの。何もない日常、人に言うほどのこともない、ちょっとした日々の起伏。一人で耐え、乗り越えることもそれほど難しくない失望や挫折。ふとした瞬間に感じる孤独。それらは、側にいる人にしか伝えられない。伝わっていかない。
事件の謎に寄り添うかたちで提示されている介護ネタに、ここで語られている主人公の気持ちを照応させている構成も見事なのですけど、職業探偵ではないごくごく普通の(でも母さんはハジけた多淫女)女子高生だからこそ、「何もない日常、人に言うほどのこともない、ちょっとした日々の起伏」の中における人間關係を見つめることが出来るというキャラ造詣の巧みさ、そしてこんな普通の女子高生の探偵に比較すると、マッタク感情移入を行うことも出来ない操りマニアの犯人や、女とあればまずナンパありきの馬鹿男など、普通の人とゲス野郞とが明確に分けられているところがややあからさまに過ぎるとはいえ、これが本作の物語の風格の明解さにも通じているところもまた確か。
自分は未だこのミステリーYA!シリーズをすべて讀んでいる譯ではないんですけど、驚くべきは、作者は勿論、物語の背景も事件の内容もまったく異なるものながら、すべての物語に共通した「色」が感じられることでありまして、個人的にはこのシリーズの「色」は講談社のミステリーランドよりハッキリしているような気がします。恐らくこれは編集者の力量かと推察するものの、これだけ個性的な作者の面子をズラリと揃えていながらシリーズの作品すべてに明確なカラーが感じられるというのには脱帽ですよ。いい仕事をしていると思います。