「妖異金瓶梅」を取り上げたので、それなら同じ昭和ミステリ秘宝の一册である「薫大将と匂の宮」も忘れてはいけないという譯で、本棚を探したのですけど見つけられず、仕方がないので日下氏絡みということで、今日は「岡田鯱彦名作選―本格ミステリコレクション〈2〉」でいってみたいと思います。
こちらも作者ならではの少女マニア的な風格を動機に据えた本格ミステリや、嘘が轉じて小市民のドタバタ劇へと轉じる逸品など、とにかく讀みどころも多い一册でありまして、収録作は美人妹がジゴロのゲス男にフられた復讐にと、秀才男が決闘を申し込む「噴火口上の殺人」、靈感少女の来訪が教授夫人の死を招く「妖鬼の呪言」、老人の昔語りが怒濤のどんでん返しを交えたドタバタ劇をへと轉じる「四月馬鹿の悲劇」。
嘘が許せない常軌を逸した潔癖性の語り手の奈落行「真実追究家」、男女の暗い過去の眞相に岡田マジックが冴える「死の湖畔」、恐喝爺と吝嗇社長の脱力舟上劇「巧弁」、自分が殺しかけた女との再會が火サス的な哀切劇へと落ちる「地獄から来た女」、最兇の兇器を用いた殺人の結構に脱力な死に際の傳言が何ともいえない味を出している「死者は語るか」、得意の戀愛ネタを動機にメイ探偵の推理を先読みした犯人の奸計とは「石を投げる男」、脱力のアリバイトリックから火サス的な展開がキモな「情炎」の全十編。
再讀して気がついたのですけど、収録作の殆どが戀愛を動機としたネタであるところが懷かし風味ながら、美少女をさりげなく事件に絡めて萌え要素を添えているところに個人的には注目で、例えば冒頭の「噴火口上の殺人」では、語り手の男がベタ惚れしてしまうおきゃんなボーイッシュ少女とか、神祕的な靈感少女をフィーチャーした「妖鬼の呪言」、そして爺の連れである美少女目當てにしていたズッコケ野郎どもが脱力の反轉劇に卷き込まれる「四月馬鹿の悲劇」など、特に前半に収録された作品にはその傾向が強い。
「噴火口上の殺人」は、頭もよくてスポーツも出来てという秀才君の美人妹が悪友のジゴロ野郎に誘惑された擧げ句にフラれて自殺、という悲劇から、兄イがゲス男に決闘を申し込むというお話です。
宿敵同士の二人に、語り手も含めた脇役どももいい味を出していて、特に語り手がこの事件に大きく絡んでいるところが明らかにされる後半の展開が見所でしょうか。語り手がベタ惚れしてしまうボーイッシュ娘にまたもジゴロ野郎の魔の手が伸びるという展開から、今までは他人事に事件の顛末を語っていた語り手がイッキに物語の前面へと出てくるところには吃驚で、決闘の眞相が明かされるとともに何とも悲劇的な幕引きとなるところも哀しい余韻を残します。
「「噴火口上の殺人」の語り手のモジモジぶりも相当なもものだったのですけど、續く「妖鬼の呪言」の、師匠のご夫人へホの字のすえ、てひどくフられてしまったという語り手も相当な痛キャラ。ここでも年上の奧様にはフられてしまったものの、旅先で見つけて東京へと連れてきた靈感少女はどうやら俺っチに惚れているカモ、……と言う作者のロリコン趣味がさりげなく感じられるところも素晴らしい。
奧様に惚れてしまう男というモチーフは、このほか後半に収録されている「情炎」でも再現され、ここでは事件の動機にも大きく絡んできます。またこのモジ男を弄んだすえに捨ててしまったご夫人には死が待っているという展開も期待通りで、「妖鬼の呪言」では語り手のアレっぷりが最後の最後に明かされることでミステリ的なオチにも獨特の含みを引き立てていた譯ですけど、「情炎」ではこれがマンマ火サス的なラストシーンとともに何ともな脱力劇へと轉じます。
因みに「情炎」でも教授の娘がこれまた美少女というところは御約束で、この少女の美しさに対蹠させるかたちで、奧様がずっと年下の書生の筆下ろしまでやっていたという淫婦なキャラであるところも分かりやすい。
ミステリ的な技法で光るのが、嘘をフックにして転倒とどんでん返しを見せているところで、その究極のかたちが「四月馬鹿の悲劇」でしょう。語り手たちが温泉へ繰り出したところで、美少女を連れた爺に出會して、……というところからこの爺の昔語りがトンデモない方向へと転がっていきます。二人の爺がそれぞれにとある事件の顛末を語るという結構に、優しい嘘を添えてここから怒濤のどんでん返しが苦笑いの脱力劇を繰り出していく展開には目が白黒してしまいます。
ここまでのやりすぎぶりを見せなくとも、例えば「巧弁」では、ケチンボの経営者がその昔自分の會社で働いていたという爺に舟の上で恐喝を受けてしまうのだけども、爺の語る昔話が實は……という話。吝嗇家ゆえのちょっとした企みが轉じて、爺のアイデンティテイまでをも崩壞させてしまうというオチには大いに笑えます。
前半に収録された「噴火口上の殺人」や「妖鬼の呪言」などは、本格ミステリとして見れば些か捩れた構造を持っているがゆえに面白い展開となっているのですけど、推理小説的な結構を忠実にトレースした結果として火曜サスペンス劇場的な風格になってしまっているのが後半の作品群。
それぞれが何ともなノリで、出てくる探偵もまた自らをメイ探偵と嘯くテイタラクでありますから、このあたりには苦笑してしまうものの、探偵の思考を先読みしていく犯人の狡猾さや、そこに気がつかないメイ探偵ぶりとのズレが奇妙な顛末へと流れていく結構を持っていたりするから油断がなりません。
かなりの長さを持った「情炎」などは、犯罪ドラマとしての力點が際だった風格ゆえ、最後に開陳されるアリバイトリックも何ともな一作ながら、登場人物のいずれもが怪しい言動と行動を繰り返して讀者をケムに巻いてみせるところや、とりわけ殺された被害者の淫売ぶりをジックリと描いて、動機の点からの推測を難しくしているところなど、これまた火サス的な結構でシッカリと纏めています。
異色作ともいえる「真実追究家」などでも、語り手と戀人の逢瀬にムッツリエロスも添えて、人間のゲスっぷりをこれでもかと描いてみせる稚氣があるからこそ、「噴火口上の殺人」のような破格の構成の作品にも味が出てくる譯で、キャラ立ちした登場人物とともに、學生たちの何とも微笑ましい雰圍氣や、動機を戀愛ネタに据えた明快な構成など、品のあるユーモアや俗っぽさが今讀むと逆にニヤニヤと笑えて新鮮だったりします。
この河出のシリーズも最近では入手が難しいゆえアレなんですけど、どうにか復刊されないものかと期待してしまうのでありました。