「夜は一緒に散歩しよ」、「七面坂心中」、そして個人的にはイチオシの「るんびにの子供」とすべてがアタリだったので、他の幽ブックスにも手を出してみました。
「怪異実聞集」とジャケにある通り、物語の内容は沖繩出身のイケメン退魔師が体驗した壮絶な怪異を作者が聞き取り、それを一册に纏めたものとなっています。個人的にはその物語が實話という外觀をもっていようが創作であろうが關係なく、寧ろその怪異がどのように語られているのかに興味津々な譯で、――結論からいうと個人的には本作、怪談というよりホラー、でしょうか。
物語の冒頭には、作者がイケメンの退魔師と再會して、「あの事件」の顛末を語りだすというプロローグが用意されていて、次の「健治と沙代子」から体驗者である人物による本當の語りがスタート。タイトルにもある「なまなりさん」というのが何なのか、という謎が冒頭から用意されつつも、寧ろそれは進行するストーリーの脇に退けられたまま、友人とその恋人がイヤ姉妹から執拗なイヤガラセを受けるというエピソードが語られていきます。
もう、このキ印姉妹の造詣が妙にリアルで、怪談やホラーというよりは寧ろ平山ワールドの住人を髣髴とさせるところがツボながら、いうなればこのイヤ過ぎる數々の事件はこれから起こる怪異の仕込みに過ぎません。
常軌を逸したイジメというかイヤガラセを受けまくった友人の戀人はこの後、沖繩で自殺、その怨靈が件のイヤ姉妹を襲撃して樣々な怪異が現出する、――というのがおおよその物語の結構でありまして、後半はこの戀人の怨靈に苛まれるイヤ姉妹の家族と語り手となるイケメン退魔師との關係を軸に物語は進行していくのですけど、ここで注目したいのは、部屋の中に屍臭がする、夜中にボワーと黒い影が現れるといった定番の怪異の正体が既に作中で明らかにされているところでありまして、本作の場合、まずテーマは呪いと怨靈、みたいなかんじで冒頭から手の内を明かしているところが怪談らしくありません。
このあたりについては、今號の「幽」で「黙読する怪談と音読する怪談」に京極氏曰く、
怪談の場合、何が書かれているかよりもどう受け取られるかというところがポイントになりますよね。極端なことをいってしまえば、読んだ人が怖いと感じるなら、怖いとことがひとつも書かれていなくとも怪談になる。つまり、書いていないところ、さっきの話でいうと紙背行間が怖さを喚起するわけでしょ、怪談って。ざっくりいうなら、ホラーというのは多分、怖いことが書いてあるんですよね。怪談は怖いこと「も」書いてあるんだけど、書いていないところ「が」怖いのね。
このあたりの怪談とホラーの違いについて、自分などはウンウンと頷いてしまうのですけど、この意味でいけば、怪異の正体が呪いであると冒頭から明らかにされている本作の場合、その怖さは怪談というよりはホラーのそれ。
しかし本作がそう單純にホラーの風格と割り切れないのは、物語が進むにつれて、この自殺した女に呪われていると思しきイヤ姉妹の家系の因果が明らかにされていくところにありまして、イヤ姉妹の呪いがかくも強烈なのは何故なのか、という新たな謎が立ち上ってくるという重層的な構造を持っているところが秀逸です。
というか、そもそも本作で語られている物語そのものが實話という外觀を持っているゆえ、ここに作者の技巧を云々するのは意味がないとは思えるものの、それでも語られた内容をこうして文字で書かれた物語へと落とし込む段階で、この語られた物語をどう見せるのかというところには作者の技巧や技法が反映されるのは當然で、個人的には、この何処か素人臭い語りの風格と、ある意味予定調和的にふりかかる怪異の連續によってB級ホラー的な雰圍氣を釀し出しつつ、それがまた怪異を美しい物語へと昇華させた怪談とはまた違った趣を持たせているところが素晴らしいと思いました。
仏壇がガタガタ搖れたり、呪い女の自殺した時刻キッカリに怪異が発生したりといった予定調和的な怪異の現出に、この素人臭い語り口が見事な調和を見せているところなどに「作者の語り」の技巧が感じられると思うのですが如何でしょう。作者としては、体驗者の語り口をそのまま文字に起こしたり、或いは例えば古風の怪談語りめいた口調に纏めて、本作の呪いによる怪異を端正な因果話に纏めることもまた可能だった筈ですけど、敢えて野暮ったい語りを選択したところに作者のこだわりが感じられます。
さらにいえば実聞録とうたいながら、本作にはシッカリとプロローグが用意されている譯で、語り手の「語り」だけが剥き出しになった構造ではなく、そこには語られた物語を實話としてどう制御するかというところに作者なりの戦略が感じられます。
結果としてこのプロローグが實話怪談としての純度を薄めてしまったという評價もまた出來るかと思うのですけど、個人的には掌編短篇ではない、これだけの長さを持った實話を制御するに敢えて實話怪談らしくないプロローグを添えて、体驗者の語りの外からこの物語を始めるという作者のねらいは成功しているのではないかなア、と感じました。
という譯で、怪談らしくない、寧ろホラー的とでもいうべき物語ながら、とにかく物事が悪い方、悪い方へと流れていく展開や、この呪いが未だに續いていることを仄めかすプロローグのハッタリぶりも含めて、個人的にはかなり心臟がドキドキしたので滿足度はかなりのもの。實話怪談というよりも、寧ろホラー的な視點から讀んだ方が絶對に愉しめると思います。
それと物語とはマッタク關係ないことながら、ジャケ帶の裏に書かれたあらすじの誤植ぶりはアンマリで、全然違うお話になってます。ここは讀まずにそのまま本編へと進んだ方が吉、でしょう。