密室という言葉がタイトルにあるため「密室といえば、驚天動地のトリックでしょッ!」とマニアは大期待してしまうかと思うのですが、ほとんどの参加陣は現代本格の先鋭たちゆえやや趣は異なります。しかし「すげー密室トリック思いついたから短編ひとつ仕上げたろッ!」みたいなカンジでおトイレ臭いトリックをカマして一丁上がりィなんて密室ものはもうウンザリという自分はかなり愉しめました。
収録作は、心の機微を絶妙な伏線へと転化させ、フーダニットでも超絶に驚かせてくれる大山誠一郎「少年と少女の密室」、美夜タンと「犯人」との激烈な心理戦から立ち上る悲哀が秀逸な天祢涼「楢山鍵店、最後の鍵」、否定される推理を重ねていく「やりすぎ」が作者ならではの悲哀の真相を描き出す小島正樹「密室からの逃亡者」、不可能趣味溢れる密室状況に後日談を添えることで異形の時代推理へと昇華させた怪作、安萬純一「峡谷の檻」、後ろ向きのトリックを凝らしながらも事件の構図から浮かび上がる青春の苦みと余韻が心に残る麻生荘太郎「寒い朝だった――失踪した少女の謎」他、全六編。
密室ものといえば一にトリック、二にトリックで、犯人はいかなるトリックを用いて堅牢な密室を構築したのかと「動機とかそんなこまけーことどうでもいーから、トリックは今までにない斬新なものなのか」と目新しいトリックを期待してしまう堅物マニアも強引にねじ伏せてしまうのが、冒頭を飾る大山氏の「少年と少女の密室」で、少年少女との出会いから始まるさりげない逸話からして、すでに事件現場が密室状況へと至るための伏線が凝らされているという大胆さにまず脱帽。
時代背景はもとよりヤクザモンの子供という物語的にもありふれた登場人物のエピソードなどが探偵する側の視点から淡々と描かれていくという展開ゆえ、そうした伏線を伏線と気がつかずにさらりさらりと読み進めていくと、ある事件と殺人事件が交差し、密室状況が出現するにいたったプロセスが精妙な推理によって明かされます。
犯人側の奸計に眼を凝らしてそのトリックを見破ろうとする読者の意識をさらりと交わし、まったく別のところからその仕掛けを開陳してみせる推理も見事なら、冒頭のエピソードからの仕込みにも人間の心理に裏打ちされたしっかりとした必然性がある仕掛けも素晴らしい。さらにはまったく意外なところから犯人を明かしてみせ、この真犯人を指摘するため伏線もまた盤石。事件の構図の中に登場人物たちの心の機微を透かし見せる推理の細やかさは、密室といえばまず密室にするためのトリックありきという後ろ向きの発想からは遠く、現代本格としての技法の巧みさが感じられます。傑作でしょう。
天祢氏の「楢山鍵店、最後の鍵」は、「犯人」の視点から探偵との心理戦を描いた逸品で、鍵屋というタイトルからも密室のトリックはこの鍵屋の鍵だろうという読者の先入観を巧みに操りつつ、「犯人」の奸計はまったく別のところにあったという悲哀の構図がいい。さらには心理戦の展開の中で探偵がふと起こした奇妙な行動が「犯人」の思惑を暴き立てるひねりも、「最後の鍵」という言葉と見事に共鳴しています。
「楢山鍵店、最後の鍵」は鍵店とタイトルからして密室のトリックを明かしているものながら、作中の仕掛けは競作のテーマである密室とは別のところにアリ、というのは続く小島氏の「密室からの逃亡者」も同様で、こちらは作者自ら「やりすぎ」と誇る通りに、短編ながら、推理のどんでん返しが見所。とはいえ、ただ単に推理によって導き出された仮説を捨てていくだけではなく、否定されたところからさらに踏み込んで真相へと切り込む展開が素晴らしい。そして最後の最後にたどり着いた真相は、小島ミステリ独特の苦みと悲哀溢れるもので、これまたファンにはたまらないところではないでしょうか。
安萬氏の「峡谷の檻」は、時代モンという異色作ながら、さらに見ると密室といっても実は密室じゃないんじゃねーの? みたいな状況ゆえ、時代モンにしてその緩さを交わそうとしたのかな、なんて穿った読み方をしていると、その事件の後日談が語られていきます。これによって密室という不可能状況であったことが裏打ちされるのですが、冒頭から書かれていた異様な所行の真相がここで明かされ、密室状況を現出するための鬼畜トリックが開陳されるという結構がたまりません。
時代モンで忍者が絡んでいて、さらには甲斐の国のあの人が背後にいたことが開陳される怒濤の後半は特筆もので、本格の技巧面に焦点を絞った評価ではほとんどの方が「少年と少女の密室」をイチオシかと推察されるものの、異形の本格という点では個人的にはこちらを偏愛。
麻生氏の「寒い朝だった――失踪した少女の謎」は、前の三編に比較すると、密室トリックが前面に押し出した作風ながら、やはりこちらも事件に巻き込まれた人間たちの心理を浮き立たせた結構で、懐かしトリックに相反して、このあたりは編者の二階堂氏が指摘しているとおりにおフランスっぽい雰囲気を漂わせています。
本格ミステリならではの、伏線と推理の精妙さ、さらにはフーダニットの驚きとその魅力のすべてを一切の無駄なく一編の短編へと仕上げてみせた「少年と少女の密室」、さらには密室トリックそのものよりも推理の過程とサスペンスに重点を置いた作風が際立つ好編「楢山鍵店、最後の鍵」と「密室からの逃亡者」、異形の本格としての凄みが際立つ「峡谷の檻」と、タイトルに「密室」があるとはいえ、いずれも密室を構成する目新しい「トリック」を競うものではないゆえ、そのあたりは冒頭に述べた通り取り扱い注意ながら、現代本格において密室ものにはどのような新しいアプローチがあるのか、という点を探るには格好の一冊といえるのでないでしょうか。収録作の作者のファンの方であれば、まずノープロブレムで愉しめると思う(特に大山氏と小島氏)ので、両氏のファンであればマスト、ということで。