目を覚ますと何だか訳のわからない状況におかれて問答無用に戦闘開始という激しい展開を見せる本作、将棋を模した異世界での壮絶な戦闘に、この異様な世界の存在に込められた謎とある隠された事件が織り込まれた結構はイッキ読み必至という一冊で、堪能しました。
物語の主人公はプロ将士志望のボーイで、彼女は可愛い碁打ちという羨ましさながら、この戦闘シーンから離れた断章で語られるボーイは将士を目指すもちょっとしたミスでガキに負かされるわと結構悲惨な境遇で、負け組の読者としてはこの主人公の挫折に妙なところで感情移入をしてしまいます。
しかし本作の一番の見所は大展開される青と赤に分かれたチームの壮絶なバトルでありまして、八局という長丁場でありながら、いずれの局面も先方が異なり、また一局を終えたあとには、その経験から相手の裏をかこうとする頭脳戦という結構が素晴らしい。冒頭からイキナリ戦闘が開始されるゆえ、読者はルールの詳細も判らないまま展開を追っていくわけですが、これは作中の登場人物も同様で、この流れから主人公たちへの感情移入をスムーズに見せている展開も心憎い。
戦闘シーンで惑うボーイの内心やその挙措の要所要所に、この異世界の真相を解き明かす伏線が仕込まれてい、そうした風格は中盤へと進むにつれてより明快になっていきます。それぞれの人物たちがゴシック文字で示される奇妙な名前になっている所以などとともに、やがてこの世界に隠された伏線と断章で語られる逸話が重なりあい、主人公の現在の境遇のおおよそは把握できていくものの、果たしてこのバトルの終焉がどのようなオトシマエをつけてみせるのかと、読者の期待も膨らんでいきます。
断章で明かされていくある事件の予感が、異世界の異様な設定と照応を見せる後半の展開は、伏線を明らかにしていくミステリの趣向にも似て、特に恋人のおぞましい姿の意味や、敵方が青い炎に包まれている所以など、伏線と明快な謎解きによって明かされた真相はもの悲しい。
そして異世界の外での出来事の悲劇性と絶望が、再び異世界を喚起させる端緒となる幕引きは、悲壮でありながら、大石ワールド的ともいえる「絶望的なハッピーエンド」にも通じます。さらにメビウスの輪のようにループしてみせたプロローグとエピローグが実は、この第八局と断章を経た結果として書き換えられてい、それがまた上に述べた「絶望的なハッピーエンド」として悲しくも美しい結末を見せているところも秀逸です。
頭脳戦を圧倒的な文体で活写した物語はノンストップ、近作では『悪の教典』でハスミンがドでかい花火を打ち上げた下巻にも通じるスピーディーな展開で、――そういえば、『悪の教典』下巻もそうした手に汗握る大祭りの中にも巧みな伏線をひそめて、最後に倒叙にも通じるミステリ的な趣向を開示していたことを思い返すに、そうした意味では『悪の教典』下巻にも通じるエンタメ性を持った物語、といえるかもしれません。静の上巻、動の下巻という考え抜かれた結構の『悪の教典』に比較するとアレですが、貴志ワールドならではの極上のエンタメ小説という点では、どんな本読みでも安心して手に取れることのできる一冊ではないでしょうか。オススメ、でしょう。