ハルキ臭を感じさせる処女作『プールの底に眠る』 に続く白河氏の第二弾は、ミステリからやや離れ、ダメミスには必須項目というあるアイテムにSF的趣向を凝らした風格ながら、個人的にはなかなか愉しめました。ただ、物語構造は、ダメミス必須項目ともいえるアレにかなり依拠しており、それを活かすためのSF的ガジェットが背後に隠されているという構成ゆえ、処女作の風格を期待して読むと、アレッということになるかもしれません。このあたりは後述します。
物語は、部屋ん中に闖入してきた透明人間の女と暮らすことになった兄イと、街中をブラブラしていたところで突然眼の前から姿を消してしまったという恋人の行方を捜すことになった妹、――という二人のパートからなり……と書いたところで、ミステリ読みであれば、「その透明人間ってのは何なのよ」とか「そのカレシの失踪っていうのがつまりミステリでいう謎なわけね」というふうにイメージしてしまうかと思うのですが、ひとまずそうした「謎」は脇においたまま物語を追いかけていくことをオススメします。というのも、そうしたものを「謎」としてとらえた読みを続けていくと、必ずや本作はダメミスの烙印を押されてしまうことになりかねず……と詳しくは語れないのですが、とにかくそうしたミステリ的な読みはひとまず御法度。
透明人間とカレシの失踪については、しっかりとした理由付けがなされ、二つの「謎」を繋げてみせることで、ダメミスの必須アイテムであるあるものが一気に浮上してくるというのが中盤以降の展開だったりするわけですが、そうした趣向は少しでも調律を間違えばたちまちダメミスへと堕ちてしまうほどの綱渡りながら、本作では処女作にも感じられたハルキ臭が、登場人物全員にほのかなスノッブ的スパイスを施してい、ダメミスというよりはブンガクらしい風格を醸し出しているところが白河氏ならではの不思議マジック。
ダメミス、ダメミスと散々述べておきながら、かえって本作をダメミスとして認めたくない、と思わせてしまうのは、そうしたダメミス的趣向は、タイトルにもある「ケシゴム」「嘘」「消せない」という言葉によって語られるものへと収斂し、それが主要登場人物たちの詩情と悲哀へと昇華されているからで、ここは本作の最大の読みどころではないかと思うのですが、いかがでしょう。
謎の解明をダメミス的趣向の開示によって行い、件の不可思議現象の仕組みを明かしてみせることで、語られていた様々な逸話は反転し、「消されていたもの」と「消せな」かったものの仕分けが行われるなかから、夫婦、親子、そして兄妹といった絆のはかなさと堅固さが浮かび上がってくる後半の展開が美しい。特に最後の最後、後段でさらりとある語り手の口から語られていた思いに、ある人物が気がつき、ハルキ臭というよりは三文ドラマ的なシーンへと流れるところは、フツーであれば苦笑してしまうところではあるものの、ぐっときます。このあたりの書き方がまた素晴らしい。
ダメミス的趣向をふんだんに凝らしながらもダメミスに転ばないという、――メフィストものにはあるまじき卓越した技巧で魅せてくれる本作、ミステリというよりは、処女作における登場人物たちの振る舞いや逸話が醸し出す切なさや懐かしさといったものがツボだったという人であれば、後半の展開も含めて愉しめると思います。