何となく新刊『廃院のミカエル』に近い物語展開なのですが、怪異を単純な正邪や善悪の対立軸に還元しないというスタンスは本作の方がより明快で、そうした篠田ワールドならではの怪異に対する立ち位置が素晴らしい怪談物語として結実した傑作です。
物語は、W不倫のいいトシこいた男女が、ウンザリした日常を離れてバカンス、――のつもりが、訳アリのバイオリンを手にしたのをきっかけに恐ろしい怪異に巻き込まれて、……という話。旅先でレンタカーが事故に遭い、ヴァイオリン弾きの彼女には聖痕が現れてと怪異は呪いという悪魔の仕業か、はたまたW不倫をした報いなのかとトンデモない事象がヒロインを襲うも、現地人の修道女などか「アンタは神様に魅入られたんだよ。信心しなさい」と言われても、それをありがたがるどころかむしろ鬱陶しいと感じてやりすごそうとする、――そうした篠田ワールドならではというか、日本人的ともいえるスタンスが秀逸です。
この神や宗教に対する立ち位置が、ヒロインの強さを生みだし、それが最後の怪異への対峙へと結実する結構が見事で、またこのラストの浄化へのプロセスの伏線として描かれる町そのもの妖しさ、――幽玄ともいうべき幽霊とも何ともつかない町の情景が素晴らしい。メリケン・ハリウッド映画とかであれば、この怪異は悪魔の仕業で、気丈なヒロインが神の援護射撃を受けて最後には悪魔と対決する、なんていう陳腐な展開に苦笑してしまうのが常ながら、そうした定番ホラーの展開へと決して転ばない大きな理由のひとつが、上にも述べたヒロインの怪異に対する立ち位置にあることに注目でしょう。
たびたびヒロインはこの妖しい怪異の世界へと引き込まれそうになるのですが、「躊躇い」というよりは、宗教的なものに対する日本人的ともいえる振る舞いが、それを「戸惑い」として表出させ、その結果として彼女は決して怪異の向こうにある世界には踏み込まない。
こうしてヒロインの視点から現実と怪異が画然と分けられることで、物語に緊張感が生まれ、同時に怪異はヴェールの向こうにすかし見えるようなあやかしのものとして描かれることになる、……こうした風格が、本作をホラーというよりは、むしろ怪談めいたものへと見せているところも個人的にはツボでした。
ヒロインの成長譚という太軸に、W不倫をしている男女の重い現実が絡めてあるところも見事で、特に篠田ワールドならではのダメ人間として描かれてるヒロインの旦那はかなり激しい。才能があり、凡庸な妻の演奏技巧にあれこれとケチをつけまくりながらも、たった一度の失敗によって二度と表舞台に立てなくなったという逸話はかなりアレ。正直、W不倫と道徳的にはかなり問題アリという二人がおそろしい事態に巻き込まれながらも、彼らの側にたってしまうのには、二人の重い日常がさらりと描かれているゆえかもしれません。
ゴシック・ホラーとありますが、ホラーというよりは個人的にはその怪異に対する立ち位置の調律から篠田式怪談物語として堪能できる本作、新作『廃院のミカエル』をさらに幽玄に見せた逸品ともいえる一冊ゆえ、篠田ワールドのファンであればまず文句なしに愉しめるのではないでしょうか。オススメでしょう。