「ダメミスマニアだったらこれ読まなきゃッ!」と、『プリズン・トリック』『トリック・シアター』に続いてまたまたツイッター上でオススメされた本作、版元があの文芸社、そしてタイトルにもフィーチャーされているのが「エコ」に「テロリスト」とくればダメミスの必要条件をかなり満たしているんじゃないかナ、と第一印象もなかなかのものでさっそく取りかかったのですが、……結論からいうと、陰謀劇をベースにしたハードボイルド小説としての結構に、フーダニット的な趣向を凝らした佳作でありました。
しかし、何しろテーマが昨今大流行の「エコ」であることからも明々白々な通り、作者の社会政治に対する不平不満が小説という様式を軽く飛び越えるようなかたちで文章から溢れ出してい、要所要所で作者が憑依したのではないか、と思わせるほどのアジ演説を登場人物が改行もなしに長々と繰り出してみたり、――といった小説としては完全アウトだけれども、ダメミスとしては加点対象となりえる魅力をふんだんに備えた一作でもあります。
物語は、テロリストの独白から始まり、地球環境のために人死にのないクリーンなテロをやるよッと勇ましく宣言した革命野郎が、トヨタをモチーフにしたとおぼしき自動車会社を標的に爆弾を仕掛けるところからスタート。見事、計画は成功したものの、ここであっさりと人死にが。しかしその点にはお悔やみ申し上げマスと後悔こそすれ、テロを中止する気配など革命野郎にはナッシング。警察と閑職の新聞記者がテロの闇を曝こうとするのだが、……という話。
新聞記者と刑事の二つの視点から物語は進行していくのですが、叙情や逸話などは新聞記者の方にもっぱら比重がおかれてい、実際テロの犯人と思われる人物は二転三転しながら、いずれも新聞記者に関わりのある人物であるという展開は、ハードボイルド的な様式を保ちつつ、フーダニットに力点をおいた本格ものとしての趣向もしっかりと凝らされています。
テロとはいえ、この目的がエコというところから、いったいどんな過激な組織がこの爆破行為を続けているのか、という、いわゆる動機の側面は限りなく社会派に近く、ここでも作者の取材と資料の読み込みが活かされてい、エコ・テロリズムともいうべき、「エコ」という言葉の背後にあるうさんくささを暴き立てていく作者の筆致には非常に熱がこもってい、……というか熱がこもりすぎて、時に登場人物たちは、作者が憑依したんじゃないノ、と思わせるほどにイキナリ長々とした演説を始めてしまうのはご愛敬。
しかしこれが改行もなしに一ページ近くも繰り出されるとフツーの本読みはドン引きしてしまうのが普通ながら、ダメミスマニア的にはむしろ苦笑とともに作者の長演説を愉しめる魅力を振りまいているところに注目で、物語が進むにつれ、エコとテロは大国を巻き込んだ陰謀へと広がっていきます。アメリカだ、イスラムだ、さらには中国もおまけにつけちゃえ、CIAだアルカーイダだ全共闘だと、過去から時事ネタまで、陰謀っぽいものを思いつくかぎりにブチこんでみましたッ!というサービス精神溢れる真相から一歩手前の大盤振る舞いが本作の見所ながら、テロやエコといったマクロ的視点に、隠された人間関係をその動機の背後にしっかりと絡めてある構図が秀逸です。
こうした個を見つめる作者のまなざしは、真犯人である実行犯の生い立ちから、主人公ともいえる閑職新聞記者の交友関係にまで及んでい、それがある種悲痛なラストで美しい連関を見せるわけですが、そうした人間ドラマとともに、主人公を中心とした人間関係にレッドヘリングを凝らしてフーダニットのどんでん返しを見せてくれる仕掛けも素晴らしい。
本格ミステリ的ともいえるこうしたフーダニットの趣向は、それ単体で取り出してみてもなかなかのものなのですが、本作では陰謀劇という風格にふさわしく、ある人物が「意外にも」アレでしたぁ!というネタがふんだんに凝らされているところに注目でしょう。テロリストである真犯人が実は忍者の末裔だった、というところから、その裏にまたもう一つの真相が飛び出してくるところもアレなのですが、これに加えて、フツーの日本人の娘っ子にしか見えないキャバ嬢がムスリムで革命勢力の細胞だったという真相にもまた完全に口アングリ。
さらにステキなのが、エコ・テロリズムなる反技術ともいえるマクロな動機を、「今回のテロの動機? ぶっちゃけエコカー減税が気にいらねーから(苦笑)」という微細なレベルに堕として真犯人に語らせるという剛毅な展開で、これもまた本作のダメミスとしての魅力のひとつといえるでしょう。フーダニットとその派生ともいえる「……実はあの人は……」というネタ、さらにはホワイダニットの高尚な視点から緩すぎる動機へと見事な転倒を見せる脱力の外連が陰謀劇の暁にハジける構図はまさに異色。
テロに陰謀とこれだけでもダメミスとしての加点は十分に得られているわけですが、『彼は残業だったので』や『トリック・シアター』といったダメミスの「奇書」でも大いに活用されている「食に対するこだわり」は、本作でもさりげなく使われていて、居酒屋の壁にかかった品名の短冊に「ほっけの塩焼き、サービス品」と書かれているところから探偵役の人物が天啓を得るシーンが後半に用意されているところは『プリトリ』を彷彿とさせ、また冒頭、「いまどき珍しい一眼レフのニコンF1」に「ライカの五百ミリ近い超望遠」をカマしている、などというところにはカメラマニアである『彼残』の作者、松尾氏をリスペクトしている気がしないでもないでもないでもない、……とうがった読み方が愉しめるのもダメミスマニアとしては注目、でしょう。
当初は、自動車会社を標的にしていたエコテロリズムが、
「またしても爆破事件や。今度は門司港、名古屋港、塩釜港がほぼ同時に爆破された。もちろんC4やで」
という最後の展開には、「エコとかどーでもええからド派手な花火を打ちあげたるでぇッ!」という作者の異様な熱気が伝わってくるような気がします。また先にも述べた通り、本作では新書か新聞記事か、はたまた経済誌の特集記事かというようなエコ蘊蓄が、地の文のみならず、登場人物の口をかりて饒舌に語られる風格がキモなわけですが、このような作者の主張なのか、それとも登場人物の考えに過ぎないのか、……その境目が判然としない。とはいえ、本作はあくまで小説であるわけで、トヨタとプリウスがモデルというのは丸わかりながらも、「誤解しないでくださいよ。これはあくまで物語上の設定に過ぎないわけであって(ボロロ~ン)」というエクスキューズが用意されているところには留意すべきながら、物語の脈絡のないところで、
……アルフォロメオが収まる地下駐車場は、メルセデスとBMWばかりだった。賢い選択だと思った。ドイツ車がいいと言っているわけではない。日本の車作りが杜撰だといっているだけだ。
というふうに、ついついドイツ車信仰の本音をさらっと口にしてしまう作者の脇の甘さなど、こうした細部にもしっかりと目をこらして味読するのもまた愉しい。
ハードボイルド的な風格に二転三転するフーダニットの外連を凝らしながら、作者の主張と社会批判が小説という構造を突き破って溢れ出してしまったがゆえに、ダメミスとしての魅力をいや増すことになった本作は、『彼残』や『トリック・シアター』、そして魔道書『不確定性原理殺人事件』といった奇書ほどの派手派手しさこそ感じられないものの、その細部にはダメミスの精神をしっかりと宿している逸品ともいえるのではないでしょうか。個人的には『トリック・シアター』と『黙過の代償』の(ダメミス的な意味での)「いいとこどり」という印象で、この二冊が好みという方には自信を持ってオススメできるのでないでしょうか。