怪作『更年期少女』と出会って以来、気になる作家の一人となっている真梨女史の新作。『更年期少女』を彷彿とさせるアレな登場人物たちが奈落へと堕ちるブラックな作風の中に、意外や意外といった郷愁叙情溢れる逸品があったりという、非常に美味しい一冊で堪能しました。
物語は、緩いかんじで登場人物がつながっているという連作短編の形式を採っていて、かつては美女だったのが今やババアという女の奈落を嗤っている「女子」の黒さと苦さを活写した「グリーンスリーブス」、ハズレツアーで出会った日本人たちの話す怪談逸話の中から狂気と悪意が腐臭のごとく立ち上る「カンタベリー・テイルズ」、不倫芸者とコロシの相関に本格ではすでに定番となりつつある例の仕掛けを凝らしてブラックさを際立たせた「ドッペルゲンガー」、ダメワナビーをカレシに持った「女子」のアレすぎる妄想推理が奈落劇へと序章を引き寄せる「ジョン・ドゥ」、SF仕立ての結構の中に真梨ワールドらしからぬ叙情が光る「シップ・オブ・テセウス」の全五編。
出だしの「グリーンスリーブス」からして、オンナの色気ならぬイヤな悪意がムンムンに際立つ逸品で、学生時代は凄い美女で皆の憧れだった、――みたいなクラスメートが今や見るも無残なババアに成り果てて、……という奈落を嗤ってみせる登場人物たちの「女子」ぶりからして危険度はマックス。人を呪わずとも人を嗤わば当然、そんな彼彼女にも奈落が待っているという真梨小説の法則に絡め取られるように、やがてイヤーな展開へと流れていく結構が素晴らしい。犯罪の裏には「女子」ならではの日常から逸脱した狂気と強迫観念があり、過去の事件の奸計が現在の事件とクロスしてトンデモな構図を明らかにする幕引きはいうことなし。
「カンタベリー・テイルズ」は、これまた登場人物たちがアレすぎる犯罪を体験するというオチもステキなら、海外ツアー先で知り合った日本人たちがそれぞれに犯罪フウ、怪談フウといった話を繰り出していくという結構が小気味よい。ここでは悪夢なのか怪異なのかという、はとバスツアーの怪奇体験が何ともいえない不気味をたたえていて素晴らしい。この逸話だけはオチも含めて十分に現代怪談としても通用しそうな、何か背筋がゾーッとするような怖さなのですが、結局悪夢だったのかナ、というオチをつけながら、それが連作短編ならではの結構によって、続く「ドッペルゲンガー」でリアルにアレだったと読者をねじ伏せてしまうひっくり返し方かも秀逸です。
「ドッペルゲンガー」はそのタイトル通りにある人物と似た人を皆がよそで見た観た、と口にする冒頭から、ある人物のコロシが立ち上ってくるのですが、その事件そのものに読者の注意を引き寄せつつ、語りの中に最近ではすでに定番化しつつある例のネタを仕込んで最後に読者をあっといわせる結構がステキです。また、このオチが真梨ワールドならではの黒さを最高に際立たせるとともに、オンナの情念のおぞましさという余韻までをオマケにつけて読者をイヤーなかんじに突き落とすという幕引きも素晴らしい。
「ジョン・ドゥ」は、恋人の浮気を疑う「女子」の妄想推理が個人的にはキモで、真梨小説といえばあまりロジックというカンジはしないのですが、ほとんど言いがかりじゃねーの、というような妄想によってカレシの浮気という脳内リアルを着々と構築していくオンナの妄執にはもうドン引き。本格ミステリらしい騙りの仕掛けを凝らした「ドッペルゲンガー」のあとに、こうした妄想ロジックを凝らした風格の「ジョン・ドゥ」を置いた一冊としての構成の旨さもいうことなし、なのですが、最後をしめる「シップ・オブ・テセウス」も、そうした連作短編としての結構を考えると、また何ともいえない味わいがあります。
「ジョン・ドゥ」に出てくるワナビーがものした短編が「シップ・オブ・テセウス」ということになっているのですが、素人らしくややつたない文体の中からふわりと立ち上ってくる郷愁と叙情が素晴らしく、SFならではの虚無感によって「ジョン・ドゥ」までのブラック・ワールドを浄化するような趣さえ感じられます。
個人的には、ミステリならではの仕掛けで黒さをより際立たせた「ドッペルゲンガー」と、考え抜かれた拙さから醸し出される郷愁と虚無感がツボな「シップ・オブ・テセウス」がイチオシながら、登場人物たちの相関という点では、「ジョン・ドゥ」の明るい幕引きが、その前の「カンタベリー」でアレになっているところとか、「カンタベリー・テイルズ」の怪談話が「ドッペルゲンガー」でリアルな怪異へと反転を見せる趣向もいい。
『更年期少女』に比較すると、毒は薄めながら、それでも黒い笑いと奈落が待ち受けている結末、さらには登場人物の相関と連作短編という構成の中に凝らされたブラックな趣向など、真梨ワールド初心者の自分でも十二分に愉しめる一冊でありました。黒くてアレなキワモノ大好きという、自分のような好事家であればまず安心して愉しめる逸品といえるのではないでしょうか。オススメでしょう。