傑作『完全恋愛』に続くポテト名義の新作。前作に比較すると、世代を超えた重厚な物語というよりは、ポテトならではの軽さを前面に押し出した風格ゆえ、そのあたりで評価が分かれてしまうのではという物語ながら、SF的趣向を後景にミステリの企みを際立たせた一冊で、なかなかに愉しめました。
物語は漫画家志望の男が、またもや賞を逃したのにヤケを起こし、ヒョンなことから本職の介護の仕事中に婆さんを殺してしまう。そのまま警察に知らせることもなく逃走を図るも事故に遭い、目を覚ましてみると何とそこは夢の世界。そこで不可解な殺人事件が発生して、……という話。
タイムスリップか、はたまたそうした見え方自体が本格ミステリ的な謎解きによって最終的な解を与えられるのか、――こうした物語であると、本格読みとしてはまずその点で眉に唾つけて構えてしまうわけですが、本作ではシツこいくらいに、これは主人公の夢の中と繰り返されているゆえ、アンマリそうした「世界」の仕掛けについては深く悩まずに読み進めていった方が愉しめると思います。
温泉場で刺殺死体に遭遇したあと、死体が移動したりと立て続けに定番の不可能状況が開陳されるのですが、それに輪をかけるように今度は時間が巻き戻されてしまったりと、ここでも物語世界に絡めた謎と事件の謎とを混同してしまいそうになるのですが、本作においてはこの時間の巻き戻しによって発生した「誤差」が謎解きの仕掛けに絡めてあるところがキモ。
時間が巻き戻されたあと、この世界は自分がつくりだした夢の中であることを主人公は確信し、再び事件が再現されてしまうことをどうにか食い止めようとするのですが、事件はまたもや別のかたちを伴って繰り返されてしまう。しかし殺人の順番が異なったりといった誤差と、それでも再現されてしまったものとを精査しながら、この世界での事件の本質を探り出そうとするロジックが秀逸です。
こうした趣向が物語の枠組みである世界観と大きく絡んでいれば『Another』のように読みやすい軽さを伴いながらも重厚な物語へと昇華された筈なのですが、本作ではあえてそうした戦略は採らず、そのあとは目撃証言の陥穽を突くかたちでロジックを進めていったりというフウに、おきて破りの手法は極力排したかたちで謎解きが展開していきます。
真犯人が明かされていく中で、主人公の不可解な記憶の謎が繙かれていったりといった、タイトルの「郷愁」にも連関させた謎解きの見せ方も美しいのですが、個人的には事件の真相そのものよりも、現実世界へと帰還したあとになって明かされる、この夢がどのようなものだったのかという真相に強く惹かれました。
ヒロインとの淡い恋心も絡めたこの世界の真相は、SFといった部分をあともう少し前景に押し出していれば、コワモテのSFファンから設定のアバウトさをイの一番に詰問された挙げ句、ゴミ認定されてしまいかねないところだったりするわけですが、SFは苦手という主人公の設定に重ねてそのあたりはむしろ軽く受け流すとともに、郷愁という言葉が醸し出す幻想小説的な風格へと手堅くまとめてあるところが好印象。
ただそれでも前作の『完全恋愛』というタイトルの真意が明かされたあと、隠されたドラマが一気に立ちのぼってくる感動に比較すると、本作では軽さが際立ち、また事件の様態そのものも定番ともいえる密室ものという仕上がりゆえ、前作の凄みを期待するとチと肩すかし、ということになってしまうかもしれません。『完全恋愛』とは切り離して、前面に押し出された軽さと定石の密室が盤石な推理によって繙かれる過程を楽しみつつ、「郷愁」の二文字に絡めた最後の趣向にジーンとする、……というような読みをオススメしたいと思います。