昭和エロスと脱力のホラー風味をくわえた草野ミステリの長編。何だかざっと調べてみたら本作、トクマノベルズから刊行されたときには「書下し長篇怨霊ミステリー」ということだったらしく、確かに怨霊みたいのは出てくるものの、そのアジャパーぶりは草野小説ならではのひばりテイスト。
あらすじは、逆玉の輿を狙った野郎が、妥協で付き合うことにしたカノジョを交換殺人で冥土送りにしようと企てるものの、失敗。結局は事故死に見せかけてマンマと殺して逆タマで結婚出来たのもつかの間、やがて殺した女の怨霊が現れて……という話。
ミステリにおいて怪異が描かれる場合、それは果たして謎ととらえるべきなのか、というところがその作品を堪能するひとつのポイントでもあったりするわけですが、結論からいうと、本作における怨霊はミステリの謎というよりは、主人公にして語り手である野郎を奈落に堕とすためのガジェットと考えた方が吉。
交換殺人においては事故死に見せかけるトリックなども開陳され、草野ミステリならではの軽妙な語りも相まって非常に読みやすく、中盤までは普通に叙述ものとして愉しめます。しかし見事逆タマが成功してから物語は妙な具合をねじれていき、怨霊騒ぎが発生した挙げ句、美人妻が二重人格に陥ったりといった状況に陥るわけですが、本作の怨霊だ何だのといったネタはそのままに、男の完全犯罪がこの怪異によって八方ふさがりへと陥る幕引きが秀逸です。
怪異をあるがままに受けいれて、そこにミステリ的なネタを投じた作品という意味では「死霊鉱山」や「アイウエオ殺人事件」を彷彿とさせる風格ながら、本作では倒叙の形式をかりて怪異の出現を中盤にもってきたところがミソ。あとがきを読むと本作の怪異は怨霊ネタと二重人格の混交を狙ったものと推察され、実際、人格の変貌についてはある程度の説明をつけてミステリ的などんでん返しへと舵を切る方向もできないわけではなかったような気もするものの、そこであえてユーモア風味をまじえたエロスへと流れるところがひばりテイストにも通じる草野ミステリ。
怪異はあくまで怪異のまま展開される結構はミステリとして読めばやや違和感を覚えてしまうのですが、一人称の語りによって怪異に対する立ち位置を定めたまま敢えてこれを謎から忌避させるとともに、叙述の様式によって主人公を奈落へと突き落とすトリガーに仕立て上げているところなど、軽いように見えてその実、要所要所で草野ミステリらしい怪異と仕掛けの調整が行われているところも素晴らしい。
エロという点では、美人妻の元旦那がハイパン好きの変態だったり、怨霊となって出てくる女がどキツイ化粧の「あたい」で多淫だったりと見所も多く、その意味でもファンであればそのエロスと脱力具合をまずは問題なく愉しめる一冊だと思います。